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【森林紀行No.6 セネガル,マングローブ林調査編】 No.6

伝統的病院や半島から分離した島

伝統的病院

 セネガルには伝統的病院があると聞いた。それは面白い。もしかすると魔術師がいて,祈祷や呪術を行うのかもしれない。セネガルに近いベナンに派遣されていた同僚が,ベナンでは祈祷師が魔術をかけると,その魔術はかけたその祈祷師以外は解くことができないのでやっかいだと言っていた。実際にその魔術をかけた例として,ある生き物に似た姿に変えられてしまった人の話を聞かせてくれたが,偶然が重なったのか,にわかには事実とは信じられないような話があるのだった。そんなことで,セネガルでも似たような話があるかもしれないと期待を持って,訪ねてみたが,ちゃんとした病院だったので,少し拍子外れであった。

 

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伝統的医療検査センター。PROMETRAというNGOが運営している伝統的病院。

 

病院にかかっていた説明.jpg

病院にかかっていた説明

 

 何故,伝統的病院を訪ねたかというとマングローブを漢方薬の様に利用していて,マングローブの需要が開拓できるかも知れないと思ってのことだった。訪ねたのは,2002年1月29日(火)のことである。病院は,ファティックにあり,名前はMarango(マランゴ)と言った。

 

 

医師にインタビュー

 ここでは,このセンターに勤務している現代医学を学んだ医者にインタビューをした。このセンターには伝統的治療師が13人いるとのことで,続いてセンターの沿革を聞いた。

 このセンターは,1989年にでき,エリック・ホドスーというベナン生まれのセネガル人が作ったとのことである。この周辺は4つの郡と15のコミュノテールーラル(村がいくつか集まった村落共同体)があり,そして驚くことに,その中に450人もの伝統的治療師がいるとのことだった。その中で医者としての技能が本当にあるかどうかを調査したところ,これまた驚くことに全員が医師としての能力を持っていることがわかったとのことである。

 

 

病院の実績

 この病院では,患者にはまず血液検査を行い,データを調べてから治療を開始するとのことである。なんだ,近代医学ではないかと思ったが,1989年?2000年までの12年間で,この病院の患者の96%が直り,2%が改善し,2%が悪くなったとのことで,合計でいえば98%が良くなったとのことである。

 どのような病気か病気の程度も詳しくは聞けなかったが,血液検査でマラリア原虫数を数えていることから,主にはマラリアや風邪のような軽い病気で,マラリアが軽いかどうかは一概には言えないが,相当な成果である。ここには入院設備はないとのことだった。

 

 

周辺の伝統的医師

 この周辺4つの郡に散らばっている450人の治療師は,代々治療師の家庭で育ち,専門的な知識を受けついでいるとのことで,骨折も含めあらゆる病気を見ているとのことである。例として,マラリア,のど痛,頭痛,歯痛,耳痛,かぶれ,血圧等を挙げた。

 

 

マングローブの利用

 我々の目的である,マングローブの医学的利用について聞いたところ,マングローブの根を煎じて飲めば解熱ができ,また,精神的な病にも効くとのことだった。また,タバコを止めるのには,マングローブの葉を乾かし,赤くなったところで,その葉を煎じて飲めば非常に良く効くとのことだった。また腹痛は,緑の生きた葉を煎じて飲めば良いとのことだった。

 マングローブの種子は,お湯で煮立て,そのお湯を濾して歯の治療に用いることができ,飲めば虫下しとして利用できるとのことだった。また,根は,男性には精力剤,女性には産後の回復に利用できるとのことだった。

 

 マングローブは成長が遅いため材は重く,比重は1.0以上もあり,樹皮を剥くと形成層あたりが赤く,鉄分やタンニン,それに他の薬効の成分を含んでいるだろうということは,容易に想像できる。

 

  医師達は,呪術によって直すことはなく,マングローブの漢方薬的利用による,いたって近代的な病院だったのは,少しがっかりだったが,伝統的病院への信頼性が向上した点は良かった。

 

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伝統的病院の医師達

 

 

半島が分離し島となった場所 サンゴマール

 伝統的病院を訪問する2日前の2002年1月27日(日)には,繋がっていた半島がちぎれたジフェールという村を調査した。

 

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Djifferと下のサルームデルタ国立公園と書かれている場所は繋がっていて半島だった

 

 にわかには信じがたいことだが,この村のサンゴマールという場所で,陸続きだった半島がちぎれ,島として孤立してしまったということである。おそらく潮の流れにより砂が流されたり,堆積したり,かなり長い年数の周期で分離したり,繋がったりするのだろう。

 

 

ジフェール村へ

 ジフェール村までは,この村の北にあるパルマランという村から歩いて行った。ジフェール村へくる途中の海岸線にはポツポツと大きなアヴィセニアがあった。アヴィセニアは普通,群落で存在しているものなのに,孤立して存在していたのは,潮の流れが変わったので,多くは枯死し,強いものだけが生き残っていたからであろう。

 

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パルマランからジフェールへ。ポツポツとアヴィセニアが残っている

 

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枯れて残っているアヴィセニアの根

 

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ジフェールの村。村の前の海岸線はゴミ捨て場となり,ポリ袋が散らかり汚い。

 

 

村の有力者にインタビュー

 ジフェール村に着いてこの村の有力者という人に出会ったので,インタビューをする。この人の話。

 

 「ジフェールの村ができたのは,1937年である。当時,半島は繋がっており,半島の先端まで歩いて行けた。1983年のことだが,高潮があり,半島が分断された。今は海中にあるが,あの海の下にはキャンプモン(簡易な宿泊施設,ホテル)が沈んでいる。当時は,マングローブを見た記憶はない。切れた半島から約3Km先に水産物の加工工場があった。それも1992年の2回目の高潮で,流され海に半分沈み込み,半島は完全に分離した。あそこに傾いた工場が見えるだろう。この時にはマングローブは10m幅くらいで,既にあった。」というようなことを語った。

 

 確かに沖合の海に半分ほど沈み,傾いたビルが見えたが,残念ながらこの時の写真が見つからない。

 

 

マングローブの利用を聞く

 マングローブで利用している種はリゾフォーラで,長さ3mで直径は3cmくらいの細いものを屋根の支え,梁として使っているとのことだった。また,サンゴマールの砂州が崩れて以来,サルーム川にはエトマローズ(ニシン科の魚)が大量に生息するようになったとのことである。

 

 マングローブの木は村の対岸から取ってきて,それを魚の天日干し台の支えや魚の燻製台として利用しているとのことである。魚の燻製にする薪はマングローブも混じっているが,バオバブも利用しており,バオバブはこの辺りにあって,枯れた枝を利用しているとのことである。

 

  マングローブは森林局の許可がないと伐採できないからとのことだった。村には薪を集める係りの者もいて,燻製を行うには馬車2杯分のマングローブの木がいるとのことだった。

 

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漁村にもヒツジはのんびりと過ごす

 

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採った魚をさばいている

 

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魚の天日干し

 

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エトマローズの燻製

 

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エトマローズの燻製台

 

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エトマローズの燻製に用いているマングローブ

 

 プロジェクトでは,後にエトマローズの燻製用のかまどの改良を行うことになるが,最初にここで見たことがヒントになった。魚をみると燻製というよりも単に焦がしているだけである。それでも相当の日持ちがするようになり,ギニアやギニアビサウに売りに行くことができるのだが,あまりに効率が悪いので,燻製改良かまどの導入することにしたのだ。この話はまた後に述べる。

 

 

セネガルもサッカーきちがいの国

 話は,マングローブではないが,ジフェールに来る前日の晩はソモンのクラブバオバブ(Club Baobab)というホテルに泊まった。ここはセネガルでは高級なリゾートホテルだった。内容的には高級とはいいがたいが,しかし,ダカールからも近いために,セネガル人の富裕層が多いようだったが,外国からの観光客やダカール在住の外国人らしき人も週末にリラックスしに来るようで,この晩はホテルは満室に近かった。

  この晩は,サッカーのアフリカカップの予選リーグがあり,セネガルが終了間際に1点を取り,ずっと相性の悪かったザンビアを下し,決勝トーナメントに進んだのだった。ホテル従業員は,得点をしたときに大歓声を上げ,大喜びでダンスを始めるほどだった。

 

 

 

つづく

 

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