友人の新しい挑戦を知って
大学時代に寮生活を共に送った友人が、今年(2026年)になって、郊外にある高齢者向けの大規模コミュニティへ移り住んだ。分譲型の住まいと多目的な共用施設が一体となった場所で、健康で自立したシニアが、食事・運動・交流・医療を日常に取り込みながら暮らすことを目指した、日本型の継続ケア型コミュニティの一つである。
数か月前に彼がそこへ移ると聞いたとき、私は驚きよりも、どこか納得する気持ちのほうが強かった。残りの人生を輝かせようとしているのだな、と感じたのである。そもそも引っ越しは大変だ。特に高齢になるほど保守的になり、未知の土地へ移るのは一種の冒険である。彼の場合は約400kmも離れた土地へ移ったのだから、なおさらだ。そう思ったのは、ここ数年の彼の人生にいくつもの大きな転機が訪れていたからでもある。
彼は、七年前に胃がんが見つかり、医師からは余命三ヶ月と告げられた。しかし胃の全摘手術は奇跡的に成功し、昨年には小さな食道がんが見つかったものの、こちらは放射線治療と内視鏡手術で比較的軽く済んだ。一度は死の淵を覗き込みながらも、彼は今、驚くほど元気だ。手術直後、電話越しに聞いた声は張りがなく弱々しかったが、今は若者のように張りがあり、早口でよくしゃべる。
「生きているうちに、やりたいことは全部やるつもりだよ。」そう言って笑う彼の顔には、大病を乗り越えた人だけが持つ静かな強さが宿っている。今年の暮れには、船で三ヶ月の地球一周旅行にも申し込み済みだという。コロナ前に三回一緒に行った海外旅行――ハワイの紺碧の空、ケアンズで見たカモノハシ、フィリピンでジンベイザメと泳いだ海――が懐かしくよみがえる。昨年は大阪万博にも一緒に出かけた。
私は思わず言った。「お前は、輝かしい人生を送ろうとしているな。」私がいう“輝かしい”とは、豪華さや派手さではなく、自分の意思で人生を選び取り、自由に好きなことをして生きていこうという意味だ。
初春の訪問へ向かう
引っ越して1ヶ月が経ち、そんな彼の新しい生活を見てみたくなり、2月の祝日、今年一番の暖かさとなった日に訪ねたのだった。気温は20度ほど。春の気配をまとった空気が、訪問を後押ししてくれる。電車を乗り継ぎ、約2時間ほどで最寄り駅に到着した。駅前には人の流れが絶えず、街は活気がある。男女の子どもの銅像が立っており、駅前の風景に自然に溶け込んでいた。

友人は改札口で待っていてくれた。万博以来の再会に、言葉よりも笑顔が先に出る。コミュニティ行きのバスまで少し時間があったので、駅前の喫茶店でコーヒーを飲みながら近況を語り合った。やがて時間になり、コミュニティの送迎バスに乗り込んだ。

コミュニティで見た新しい暮らし
車窓には住宅地と商業地が混ざり合う風景が流れ、やがて緑の多いエリアに入ると、目的地の建物群が見えてきた。入口から見上げる住棟は堂々としており、セキュリティも厳重だ。

友人の部屋に入り、しばらく談笑した。普通のマンションのようでもあり、ホテルの一室のようでもある。コミュニティの入り口、建物の入り口、そして自分の部屋の入り口と、セキュリティはどこも厳重で、共用廊下の落ち着いた雰囲気も相まって、全体としては上質なホテルを思わせる印象を受けた。建物の構造上、部屋によって日当たりの時間帯が異なるらしく、彼の部屋は午後から日が差すという。そんな話をしながら、友人が施設内を案内してくれた。

静けさと活動が同居する空間
住棟の前の道を渡ると、レストランや多目的施設が集まる大きな建物がある。祝日だったせいか、人影はまばらで、広い廊下に足音が吸い込まれていくようだった。まるで巨大なリゾートホテルの朝のような静けさである。スタッフによれば、アクティビティには思いのほか多くの人が参加しているそうで、曜日によっては満員になるクラスもあるという。私が訪れた時間帯は、たまたま人の少ない時間だったようだ。
図書スペースでは数人が静かに本を読み、アトリエには水彩画の作品が並んでいた。ボッチャのコートでは数名が楽しそうに声を上げていたが、広い空間の中ではその声もどこか穏やかに響く。トレーニング室も広大で、利用者が少なく見えるのは、むしろ空間の贅沢さゆえだろう。
食事についても話を聞いた。友人は「ここは食事がいいんだよ」と言い、メニュー表を見せてくれた。数日おきに変わる献立は栄養バランスが考えられており、味も悪くないらしい。決まったメニュー以外にも追加料金で別の料理を選べるとのことで、住民の満足度は高いようだ。毎日ホテルのレストランで食事をしているような感覚だと私は感じた。
施設全体を歩いていると、私はふと海外の大きなリゾートホテルを思い出した。特にドミニカ共和国で過ごしたリゾートホテルは、ホテルの中だけで生活が完結するほど充実していた。ここもまた同じように「外に出なくても暮らしが成り立つ場所」なのだと感じた。ただ、その完結性は決して閉じたものではなく、むしろ住む人が安心して自分のペースで暮らせるように設計された、やわらかな包容力のように思えた。

第二の人生を歩き始めた友人
友人はそんな空間の中で、第二の人生を軽やかに歩き始めている。病を乗り越え、地球一周を申し込み、新しい住まいで新しい日々を積み重ねている。その姿を見ていると、人生のステージが変わるというのは決して後ろ向きではなく、むしろ新しい景色を見に行く旅のようなものなのだと感じさせられた。
施設見学を終え、再び友人の部屋に戻り、しばらく談笑した。友人はアクティビティとして、すぐにゴルフには参加したが、他にも多くのプログラムがあるため、「何かに参加しなくては」と少し気が急いているようだった。私は、落ち着いて自分が本当にやりたいものを選べばいいし、先生との相性が良くないと続かないこともあるから、その見極めが大切だと伝えた。アクティビティは参加するのは簡単だが、気に入らなくても途中でやめるのは意外と難しい――そんな自分の経験も話した。
そしてしばらくしてから帰ることにした。帰りは送迎バスで最寄り駅まで送ってもらい、そこから電車で帰路についた。
帰路につきながら思ったこと
私にも分譲住戸を購入できるだけの資金があれば入居は可能だが、食事を含む管理費が月に一定額かかるという。ひとりになったら選択肢として考える余地はあるが、今の私は、与えられた活動ではなく、自分で自由に何かを生み出していく生活を続けたい気持ちが強い。そう思うと、ここでの暮らしは私にはまだ少し早いのかもしれない。
それでも、友人が新しい環境で、まるで第二の青春のように日々を楽しんでいる姿を見られたことは、何よりの収穫だった。人生は思いがけない方向へ進み、また思いがけない光を差し込ませる。彼の背中を見ていると、そんな当たり前のことを、改めて強く感じさせられた。
つづく