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7月の駒ケ岳

社窓
7月の駒ケ岳

梅雨明けの晴れを待っていたら、
とうとう梅雨が明けずに7月も終わりを迎えてしましました。

今年は、例年いない長雨、また降水量となっており、
各地で災害も発生しています。
また、コロナウイルス感染症も再拡大の兆候がみられるなど、
なかなか明るい話題がありません。

梅雨明けを迎え、少しでも明るくなれることを願います。

7月の南アルプス

【増井 博明 森林紀行No.7 アラカルト編】 No.29_セネガル

森林紀行

筆者紹介




砂漠飛びバッタの恐怖

【空に浮かぶ不思議な物体】
「あの遠くの空に浮かぶあれは何だ?雨雲か?」
「違うな。動いているぞ。超巨大な鳥のようだが?翼竜か?UFOか?」
 遠くの空に見えるやや黒い影のような物体。空を上に登ったり、下に降りたり、右に行ったり、左に行ったり。形は変幻自在だ。良く見ると黒い点の集合体が動いているのだった。
「あれは、今警戒されているバッタだ。」
「そうだサバクトビバッタだ。モーリタニアで発生し、まもなくセネガルに来るとの予報だったが、もうこちらに来たのか。それにしても凄い量だな。」
「こちらに来るかな。」
「どうかな。来るかもしれないし、南に飛んで行ってしまうかもしれない。こちらに来ないことを願うしかないな。野菜畑にも行かずに海に突っ込んでもらいたいな。」

飛んできたサバクトビバッタ

【植林地】
 2004年10月7日のことだった。私は砂丘の植林地の中にいた。この植林は、セネガルに協力を開始して、既に数年が経っていた。場所は、セネガルの首都ダカールから北のモーリタニアとの国境に近いサン・ルイとのちょうど中間くらいに位置するところだった。サン・ルイは、かつてはサハラ砂漠を越えてきた飛行機の中継基地となっていて、「星の王子さま」を執筆したことで有名なサン・テグジュペリも郵便飛行船のパイロットとして滞在していたことで有名だ。

植林地の位置

 この年の植林は、既に雨期に終了していて、植林してから半年ほど経っていた。
 砂丘に植林したのは、この砂丘の後背地には野菜畑が広がり、この野菜畑を砂と風から守ることと、そこに住む住民の居住環境を守ることだった。植林による防風防止効果は絶大なものがあり、数年の植林で樹高が1mとなった植林木でもその効果があり、住民は野菜生産量が上がったと語っていた。
 約700haの砂丘全体に植林を行っていた。植林地は20m×20mに区切り、鉄の杭とネットにより防風柵を設置した。さらに、傾斜15°以上の土地はネットで覆い、砂が飛ばないような対策を施した。植林密度は2m×2.5mでhaあたり2,000本だった。何しろ地元住民の協力も得て苦労して植林した木が、バッタに食べられ枯れてしまったら元も子もない。
 砂丘での植林は難しいと思われたが、雨期には5㎝くらい、乾季でも10㎝くらい砂を掘ると湿気を感じるので、乾燥に強いモクマオウとユーカリであれば成功するとの調査結果から植林の実施に至ったのだった。
  植林した木の根を観察するとここでの根の張り方は下に伸びるのではなく、水分を求めて横に伸びるのだった。水分を求めての適応というのは素晴らしいものだ。

見渡す限りの植林地。モクマオウを植林
手前はユーカリ

【植林地にやってきたバッタ】
 そうこう言っている間に、ついにバッタが植林地上空にやって来た。と思う間もなく我々の目の前に数匹が飛んで来た。するとあっという間に次から次へと大量のバッタが飛んで来て、我々はバッタの集団に囲まれた。 「まずいな。我々が植林したユーカリやモクマオウは食べないだろうな。」

モクマオウの植林地の上空を飛ぶバッタ

「今大量にユーカリやモクマオウにたかっているが、おそらく全部は食べないだろう。ユーカリの葉はバッタの嫌う香気を放っているし、モクマオウの葉は硬くてバッタ好みではない。」
「我々を襲ってくることはないだろうか?」
「ないはずだ。ソレ」と私がバッタをめがけて走り寄り、手を上げ追い払おうとすると、私を襲うことなく一斉に飛び立って逃げていく。しかし、猛烈な羽音だ。ウワーンとうなり声を上げている感じだ。小さい音が重なりあい、共鳴して大きな音を出している。大きな耳鳴りを感じているようだった。もし、これが襲ってきたら逃れようもなく、骨になるまで食べられてしまうような恐怖を感じる。
「困ったものだ。バッタは葉が柔らかくおいしそうな野菜の葉を好むそうだ。」そうこう言っている間に、バッタは野菜畑の方向にも飛んでいく。

【サバトビバッタにたかられたモクマオウ】
 ここにいるだけでも物凄い数だな。一体どれくらいの数のバッタがいるのだろう。数億匹はいるのだろう。モクマオウは物凄い数のバッタにたかられたが、ほんの少し食べられただけで、ことなきを得た。予想どおり葉が硬かったのとバッタ好みでなくまずかったのだろう。ユーカリもほとんど被害なくバッタは飛んでいった。

サバクトビバッタにたかられたモクマオウ

【サバクトビバッタにたかられた木】
 しかし、近くの農家に生えていた樹木の葉が柔らかいものは、葉が食べられ瞬く間に丸裸になっていく。

近くの畑にあった葉の柔らかい木は
バッタにたかられると瞬く間に食べられていく

【サバクトビバッタにたかられたマンゴー畑】
 マンゴーの木の被害もひどかった。緑の葉が茂っていたが、バッタが一斉に葉にたかり、そして飛び立っていくと、緑の葉は一枚もなくなっていたのだった。まるで枯れた木だ。ここでもその飛び立つ羽音の凄さと言ったら表現しようもない恐ろしさだ。

サバクトビバッタにたかられたマンゴーの木
近づくと一斉に飛び立つサバクトビバッタ
同上。もうマンゴーの葉が食べられてしまった

【車のフロントガラスにあたり油で曇る】
 我々が引き上げるときにもまだバッタは残っていた。車が走るとフロントガラスに無数のバッタがぶつかるのだった。ぶつかったバッタが出す白や黄色の油汁でフロントガラスも曇ってくる。ドンドンドンとぶつかってくる。ときどきフロントガラスを拭かなければならなかった。そして国道にでてからはガソリンスタンドでフロントガラスを洗わなければならなかった。
  舗装道路に出るとつぶれたバッタの油汁で車が滑る。とても危ないのでそろそろとしか走れなかった。

サバクトビバッタから逃れる
周りはサバクトビバッタだらけ
フロントガラスにぶつかりつぶれて白や黄色の汁をだす
フロントガラスにとまったサバクトビバッタ

【ウイキペディアから(要約)】
 サバクトビバッタ(学名:Schistocerca gregaria )は、代表的なワタリバッタ(locust)として知られ、時々大発生し、有史以来、アフリカ、中東、アジアに被害を与え続けている。サバクトビバッタは体が大きく、移動距離が長く速度も速い。
 成虫のオスの体長は40-50mm、メスの体長は50-60mmで、前翅は半透明で多数の斑点があり、後翅はほぼ透明で斑点が無い。体色は、成虫になった直後はピンク、しばらくするとバラ色、茶色、オレンジブラウンなどになる。成熟するとオスはくすんだ黄色、メスは明るい黄色になる。
 サバクトビバッタの寿命は3-6ヶ月、1年当たりの世代交代回数は2-5回である。雨季になるまで、1匹1匹が別々に暮らしている。雨季になって草が生長すると、雌が草地に卵を産む。卵が孵った時に、草が餌と隠れ家になるためである。
 ところが草地が元々少なかったり、降水量が減って草地が減ったりすると、幼虫は残された餌場を求めて集まってくる。さらに、互いを引き寄せるフェロモンを放ち、群れを作るようになる。群れは10-16世代にわたって増加を続け、1つの群れは最大で1,200平方キロメートルを移動し、1平方キロメートルあたりに4,000万から8,000万匹が含まれている。

 大発生期を除いて、サバクトビバッタの分布はモーリタニアを西端としてサハラ砂漠、アラビア半島、インド北部までの1,600万平方キロメートルに集中している。群れは、風に乗って移動するため、移動速度は概ね風速に近い。1日あたりの飛行距離は100-200キロメートルである。到達高度は最高で海抜2,000メートルであり、これ以上は気温が低すぎるため上ることができない。

 サバクトビバッタは、毎日自分の体重と同じ量の緑の植物を食べる。種類は葉、花、皮、茎、果実、種と問わない。農作物、非農作物のいずれも食し、農被害としてはトウジンビエ、米、トウモロコシ、モロコシ、サトウキビ、大麦、綿、果樹、ナツメヤシ、野菜、牧草地、アカシア、マツ、バナナなどが多い。さらにはバッタからの排泄物が食べ残した食物を腐らせる。

 西アフリカでの2003年10月から2005年5月のサバクトビバッタの大量発生は、農業に大打撃を与え、地域の食糧安全保障に大きな影響を与えた。始めはモーリタニア、マリ、ニジェール、スーダンでそれぞれ独立した小規模の群れが発生した。この後、セネガルのダカールからモロッコの付近で2日間の異常な大雨が降り、それが原因で6ヶ月にわたってサバクトビバッタは急速に増え続けた。群れは移動で拡散し、20ヶ国以上、130,000平方キロメートルが被害を受けた。国際連合食糧農業機関(FAO)の見積もりによると、この対策費は4億ドル以上、農被害は25億ドルに上った。この被害は2005年前半に降水量が減り、気温が下がることでようやく終結した。

【この時遭遇したバッタ】
 上記のウイキペディアの記事を読むと私が遭遇したサバクトビバッタは2003年から2005年にかけて西アフリカで発生したものとわかる。この群れは発生してからしぶとく数年間生息しこの周辺国に甚大な被害を及ぼしたのだ。

【現在も確認できる植林地】
 さて、肝心な植林地であるが、この植林地はその後、この地域にチタンやジルコンが埋蔵されているということで、セネガル政府はこの植林地を掘り返してそれらの鉱物を採掘したいとのことだった。周辺の砂丘にも植林を進める予定であったが、それでこのプロジェクトは中断となった。しかし、セネガル政府は、採掘は断念したようで、2020年の現在、グーグルアースでみると植林地は残っている。ただし、成長は良くないようであるが、何とか初期の目的の機能は果たしているようだ。

白い鉤型のものが植林用道路。
黒く丸っぽい樹冠が植林したモクマオウとユーカリ
同上。植林用道路が良くわかる。右の緑が畑地

【重い課題】
 サバクトビバッタの異常発生について記してきたが、これも環境破壊が関係していると思われ、現在、コロナ禍もあり、環境問題について少し記したい。
 上記のように環境改善をしょうと協力をしている森林(あるいは土地)を他の用途に使用したいから伐採してしまいたいという例は、ジンバブエでも経験した。森林は環境を守るかもしれないが、経済的価値は生まないものとして、目先の利益に目くらまされて、森林はより経済的価値が高い土地利用に転換されていくことにより減少していくのだ。環境は経済に勝てないとしたものであってはならないと思うがなかなか阻止できない。実際に環境の価値を正確に測れれば、他の用途に利用するよりもはるかに高い価値を有する場合は沢山あるのだ。しかし、理解されないのである。
 昨今の新型コロナウイルスの発生源は、中国奥地のコウモリなどと推測されているが、ウイルスが病気をもたらすエイズやサーズやマーズなどは、熱帯林の破壊など環境破壊が原因ではないかとも思われている。確かにここ50年の熱帯林の破壊はすざまじいものがある。短期間で莫大な量の森林を破壊したという意味で取り返しがつかないものがある。この巨大な破壊がウイルス病などと関連しているとすれば、現在のコロナ禍などはこの程度で済んでいるのはある意味幸運かもしれない。
 地球温暖化にしても自然の摂理で地球が暖かくなる以上に人間活動が二酸化炭素の排出などにより拍車をかけているからで、パリ協定などが守られ、環境を保全できれば地球温暖化も平準化するであろう。環境と経済の両立、正常な感覚を持っている人々にとっては昔からずっとわかっていることと思われるが、為政者が理解し、本当にバランスを取っていくことが、これからの人類に課せられた重い課題である。

【増井 博明 森林紀行No.7 アラカルト編】 No.28_ボツワナ共和国

森林紀行

筆者紹介




ボツワナでゾウに脅かされた話

【ボツワナへ】
 ボツワナへ行ったのは、2003年の9月下旬から10月初旬にかけてのことだった。目的は、ボツワナの林業と森林状態を調べ、どのような協力ができるのかを調べることだった。それはそれとして今回の話はチョベ国立公園でゾウに脅かされた話だ。

アフリカ大陸の南部に位置するボツワナ共和国

 成田から香港で乗り換え、南アのヨハネスブルクに向かった。飛行機の隣席はイギリス人の若い女性で、私がいろいろ話かけても最初は静かだったが、話すうちにだんだんと打ち解けてきて、会話がはずみ、南アにいる恋人に休暇を利用して会いに行くのだと、当てられっぱなしだったが、良い思い出だ。隣席に誰が座るかわからないが、私は誰とでも良く話したものだった。 ヨハネスブルクの空港で、別の国から飛んできた同僚と落ち合い、ボツワナの首都ハバローネに向かった。ボツワナの仕事が終わった後はハバローネの空港で、その同僚は別な国の調査へと向かい、私はヨハネスブルクに戻り、そこで、また別な国から来た他の同僚と落ち合い、次に調査するザンビアに向かったのだった。

【私の状態】
 私の状態と言えば、ボツワナの東の国ジンバブエで肝炎を患い、回復してから約3年が経っていた。まだアルコールは全く飲めなかったが、普通に活発に活動できる状態だった。このころは世界中を股にかけて飛び回っていたような感じだったが、ジンバブエで肝炎を患う前の怖いものなしの状態から、健康と治安には相当に気を使うようになり、慎重に行動するようになっていた。

【首都ハバローネ (Gaborone)の森林局】
 首都のハバローネのスペルの最初にGが付くのが面白い。ツワナ語と言う現地語だそうだ。「悪くはないんじゃない」くらいの意味のようだ。 ボツワナの森林局を訪ねた。森林局の地図部門には、「CUSTOMERS WE DON’T GIVE INFORMATION IN MAP SALES BUT INSTEAD, WE SELL THE INFORMATION.」(お客さんへ 我々は地図を売って情報を与えているのではなくて、我々は情報を売っているのだ。)としゃれたことを書いてあった。つまり、地図は単なる図形ではなく、様々な情報を読み取れるのだよと言っているのだった。

農業省の下にある森林局
地図局の入り口の文言

【何となくクリーンな印象】
 私が調査したことがあるジンバブエ、ザンビア、モザンビークなどボツワナの周辺の国の森林局の上層部には相当に、うさんくささが漂っていたが、ボツワナではその匂いを感じなかった。アフリカ諸国は援助付けでもあるし、これは先進国にも問題があるのではあるが、構造的に汚職を生む土台がそろっているので、この問題を取っ払うのは難しいだろう。
 ボツワナはダイアモンドが産出され、国家財政が豊かであるということから道路などのインフラ整備も進んでいたし、そのために職員の給料も良くクリーンな感じを受けたのだろう。

【チョベ国立公園へ】
 森林局から二人の技術者についてもらい、森林と森林の管理状況を調べながら、南の首都ハバローネから北のチョベ国立公園まで、国を縦断するように往復した。ハバローネから車で1,000㎞以上もある。ついてくれた技術者の一人の名前はセックゴポさんと言った。

 ボツワナの地図、北部のZAMBIAと書いてあるあたりのボツワナ側にチョベ国立公園があり、国境は、ボツワナ側がカサネ、ザンビア側がカズングラという町である 。

【途中のNataで一泊】
 チョベ国立公園は、何万頭ものゾウがおり、世界最多のゾウが集まっているという。一日ではチョベ国立公園にはつけないので、途中のナタという町で一泊した。ナタには良いロッジがあった。

ハバローネを出発。道路は整っている
途中の街路樹の花と実
しゃれたロッジの室内
ナタ周辺にはダチョウも沢山いる
ナタの国有林の営林署
営林署の火の見やぐら
火の見やぐらから。乾季で葉が落ちている。
樹種などはジンバブエで調査した森林とほとんどかわらない。
ナタの営林署の近くにもゾウがいる

【ナタの営林署】
 ナタ営林署を訪ねるが、周辺にはダチョウやゾウも見られ、林相はジンバブエの森林とほとんど同じだ。このあたりはミオンボ林と呼ばれ、モパネやムクワという樹種などが目立つ。しかし、乾季でみな葉を落としているので、ゾウは剥いだ幹の皮も食べている。
 営林署には火の見やぐらがある。乾季は山火事が多いのである。もちろん登ってみるが、たかが20mくらいであるが、上の段に着くまでの階段では上に上がるにつれ足が震える。多かれ少なかれ高所恐怖症だ。慣れれば大丈夫だろう。 林内は砂地で近くのカラハリ砂漠から飛んできた砂が何万年もの間に積もったものだ。養分が少ないせいもあろう。上層の樹高は15mくらいだ。

【チョベ国立公園】
 翌日、カサネの町に着き、営林署に挨拶した後に、早速チョベ国立公園のゾウを観察に行く。遠方に沢山のゾウをみることができる。大型動物を見るだけでワクワクするというのは誰しも持つ感情であろう。双眼鏡で見ているだけでも飽きずにずっとみていたい。公園内にいくつか走っている道路を進んで行くが、車の前をキリンが横切ったりする。ライオンもいるはずだが、ライオンを見ることはできなかった。

遠方に見えた沢山のゾウ
キリンが車の前を走っていく

【ゾウがねぐらに帰る】
 夕方になると水辺にいた全部のゾウが一斉に移動を始めた。何百、何千ものゾウが10頭ずつぐらいのグループになり、グループ毎に移動していく。グループはファミリー単位だろう。それぞれのねぐらへ戻っていくのだろう。
 ゾウのグループのリーダーはメスだとのことだ。そうすると体高が2m強くらいの体が2番目くらいに大きく、先頭でグループを引っ張っているゾウがリーダーなのだろう。グループの最後にいる大きくキバ(象牙)が長いゾウはオスだと思われる。ただし、ここのゾウは他の地区のゾウに比べてキバが短いとのことだ。それはここの土地が砂地で養分が少ないことが関係しているとのことだ。

【車がスタック】
 運が悪いことに、ゾウが移動している通り道の近くで車がスタック(タイヤが空回りして前にも後ろにも動かせない)状態になってしまった。砂地だからだ。エンジンをふかすたびに砂地にめりこんでいく。ゾウの通り道のすぐそばだ。30mくらいしか離れていない。 次から次へとグループが通り過ぎていく。観察するにはもってこいだ。先頭のゾウの後にはそれより小さなゾウや子供のゾウがいて、最後に一番大きなゾウがファミリーを守るようにやってくる。体高が3m以上もあるような巨大なゾウだ。これはオスに違いない。ゾウの移動速度は結構早い。大きいから遅く見えるが、人間が歩くよりはかなり早く、時速10km近く出ているのではないかと思われる。

【巨大なゾウに脅かされ車から逃げる】
 スタックしてしまった車はなかなか砂地から出られない。大きなエンジン音を吹かしたら、あるグループの癇に障ったか、グループを守るように最後にいた巨大なゾウがこちらへ前足を上げたかとおもうといきなり走りながら近づいてきた。
 これはやばいと運転手含めて5人乗っていた全員が「Get away(逃げろ)」とドアを開けて飛び降りるやいなやゾウと反対方向に50mほど猛ダッシュで逃げた。私は昔、陸上部にいたおかげで、このような時の逃げ足はいつも一番早い。昔の間隔を足が覚えていて反応する。しかし、筋肉が衰えているので、全力で走ってしまうと怪我をする恐れがある。そうは言っても全力で走らなければならない。砂地なので、我々が逃げてもせいぜい時速25kmくらいだっただろう。ゾウは本気になれば時速40km以上で走れるということだから、あの巨体で人間より早いのだ。ゾウが本気なら逃げても無駄と言うことになる。

【運よく助かる】
 しかし、人慣れしているせいもあろう、運よく、巨ゾウは車の2~3m手前で止まり、大きな声を発して、くるりと翻り、グループに戻り、また、一番最後からグループを守るように帰っていった。 危うく車を踏みつぶされるところだった。誰かが車の中に残っていたら確実に踏みつぶされただろう。一瞬のことだったが、全員逃げて助かった。それから皆で車を押し、ようやく砂地から脱することができた。

足が見えているのがグループの先頭の2番目に大きなゾウ。
次に子供や中くらいのゾウが続く
最後に一番巨大なゾウがグループを守っている
去っていくグループ

【カサネの苗畑】
 カサネには営林署の苗畑もあり、何種類もの苗木を生産していた。ここで働いていたおばさん達は体も大きく、力もありそうだったが、とても陽気だった。

カサネの苗畑
苗畑から見えるチョベ川

【カズングラのフェリー】
 カサネはボツワナ側の町で対岸のカズングラはザンビアの町である。川はここで、北側のザンベジ川と西側のチョベ川が合流する。ビクトリアの滝のあるリビングストンの町より約70km上流にある。ジンバブエで仕事をしていた時には、ジンバブエ側からリビングストンまで、ビクトリアの滝を見に来たことがある。
 カサネの町からカズングラの町までの川幅は広く、700m以上はありそうに見えた。このザンベジ川をわたるフェリーが運航していた。このフェリーは、ここでは最も大きな水上交通手段である。
 この後、この場所に、日本の協力で橋が建設されているそうで、長さは約930mとのことである。計画よりも若干遅れているようだが、今年(2020)あたりに完成するもようである。

「ガズングラのフェリーを清潔に保て」という看板
カズングラのフェリー

【その後】
 私がボツワナを訪れたのは2003年だったが、その後、約10年経って、ボツワナでの森林調査の協力が始まった。その時、私は既に、この時の勤め先は退職していたが、この時一緒についてくれた技術者のセックゴポさんが、日本に研修に来た。そして私に会いたいと前の勤め先に私を呼んでくれた。前の勤め先で会ったのが2013年12月5日だったからちょうど10年経って会ったのだった。お互いにこの時のことを鮮明に覚えていて、あの時は命拾いをしたなあと抱き合って旧交を温めたのであった。


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