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[増井 博明 森林紀行 番外編 地域探訪の小さな旅]No.16 熱海―来宮神社の大楠と梅園

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 以前から、熱海の来宮神社に大楠があることは知っていた。いつかはこの大楠を自分の目で見たいと思っていた。日頃から山を歩いたり町を散策したりしている友人から「今度は大楠を見に行こう」と声をかけられ、これ幸いと小さな“探訪の旅”を計画した。友人の奥さんは熱海温泉を時々訪れ、地理にも詳しく、案内を兼ねて同行してくれることになった。どうせ行くなら温泉にも一泊しようという話になり、熱海梅園にも立ち寄ることにした。こうして、私たちは早春の熱海へ向かった。

電車の車窓から熱海へ
 2026年2月4日。所沢は冬のただ中ではあるが、普段よりは多少暖かいと感じる朝だった。天気予報では「今冬一番の暖かさ」と言っていたが、所沢では天気は良いもののやはり寒く、ダウンのオーバーを着て出発した。川崎駅で友人と待ち合わせ、東海道線の熱海行に乗る。
 電車は平塚あたりから空いてきて、小田原を過ぎると車窓の景色が一気に旅情を帯びてきた。箱根の二子山が、冬の澄んだ空気の中でくっきりと二つの丸い山型を描いていた。

小田原付近を通過する電車から望む箱根の二子山

 早川駅付近では早川観音がはっきりと見える。あの観音はいつ頃建立されたのだろうか。根府川付近に差しかかると相模湾が青く広がり、冬とは思えぬほど穏やかな光を反射していた。

根府川付近から広がる相模湾の眺め

 今日のような快晴の日には、まるで南国の海のように明るい。電車は海沿いを走り、まもなく熱海駅だ。旅の始まりとしては申し分ない車窓だった。

熱海駅の雑踏と昭和の名残
 正午を少し回ったころ、電車は熱海駅に到着した。扉が開くと、思いのほか多くの人が一斉に降り、終点だったことを思い出した。平日の水曜日だというのに、駅構内は既にざわついていた。観光客がキャリーケースを引きずり、帰る人と到着した人が入り混じり、まるで週末のような混雑ぶりに見えた。

熱海駅に到着

 熱海駅周辺は、昭和30年代の観光ブームの頃に整備されたのだろう。当時の熱海は「新婚旅行といえば熱海」と言われた時代で、街全体が華やぎに満ちていた。
 駅前の天井裏には凝った装飾が施されていて、昭和30年代の後に作られたのだろうが、どこかモダンな印象を受けた。しかし駅の規模そのものは当時のままなのだろう。今の観光客の数をさばくには少々手狭で、改札を出るまでに人の流れが滞るほどだった。もしこれが土日だったら、どれほどの混雑になるのか想像するだけで気がめいる。
 熱海の人気は衰えたと言われることもあるが、駅前のこの賑わいを見る限り、そんな話はどこ吹く風である。駅を出ると、すぐに平和通り名店街の入口が見える。アーチ状の看板が掲げられ、観光地らしい華やかさを醸し出している。しかし、いざ足を踏み入れてみると商店街とは思えぬほどの急坂である。普通、商店街といえば平坦な道を想像するが、ここは違う。熱海は坂の町である。

商店街を抜ける急坂の道

 通りには土産物屋や干物屋が並び、観光客が店先をのぞき込みながら歩いている。私たちはここで昼食をどうするか相談したが、時間を優先してコンビニで買い込むことにした。海鮮を食べたい気持ちはあったが、来宮神社でゆっくりおにぎりを食べるのも悪くない。商店街を抜けると坂はさらに急になる。若い人はあまり感じないだろうが、年を重ねた私には大変だ。ゆっくりと歩きつつ、にじむ汗をぬぐいながら来宮神社へ向かった。

坂の町・熱海を歩く
 平和通り名店街を抜けて来宮神社に向かう。さすが坂の町である。

道端で湧き出す温泉「野中の湯」

 足元の傾斜に注意しながら狭い歩道を進む。道沿いには、突然のように温泉が湧き出している「野中の湯」が現れた。町中に温泉が噴き出している光景は、さすが熱海である。湯気がふわりと立ちのぼり、快晴の青空に溶けていく。

熱海のマップ

 図書館と税務署の前を通る。このあたりの歩道は特に細く、向こうから一人来るだけで身を寄せ合わなければならないほどだ。休日なら、すれ違うだけで行列ができてしまうのではないかと思う。坂道はさらに急になり、南側の日差しは強く、容赦なく照りつける。さすが熱海は暖かい。
 着込んできたダウンのオーバーはすでに手に持ち、その下のダウンジャケットも脱ぎ、シャツ一枚になってもなお汗がにじむ。熱海に暮らす人々は、毎日この坂を上り下りしているのだろう。坂の途中でふと振り返ると、海が遠くにきらりと光っていた。

来宮神社の喧騒
 坂道の途中、分かれ道のところでようやく来宮神社の鳥居が見えた。鳥居の向こうには木々の影が落ち、ひんやりとした空気が漂っている。神社という場所は、そこで空気が変わるのを感じる。ゆっくりと登ってきただけではあるが、目的地に到着し、心が落ち着き、汗も引いていく。

境内マップ

 境内には平日にもかかわらず多くの参拝客がいて神社の喧騒である。本来静けさに包まれた場所であろうが、有名となった神社にはそのような時は訪れるのであろうか?若い人も年配の人も、観光客らしいグループもいて、思い思いに写真を撮ったり、手水舎で手を清めたりしている。来宮神社は「パワースポット」として人気があると聞く。やはり大楠が何らかの力を放っているのだろう。

来宮神社の入口と扁額

 境内で最初に目についたのは、丹塗りの鳥居が連続した参道である。続いて、同じく丹塗りの神楽殿の美しさが目に入った。この神楽殿で昔から神楽が奉納されてきたのだろうと、遠い昔に思いを馳せる。
 そして本殿で参拝した。二礼二拍手一礼の作法に従い、静かに手を合わせた。「残り少ない人生が、少しでも輝きますように」と心の中でつぶやきながら賽銭を入れる。

参拝客が並ぶ本殿
本殿前の狛犬

 本殿の中では巫女さんがお祓いをしていた。赤を主体とした装束や、顔の前に掲げた金色の丸がちりばめられた扇子が神秘的である。私は巫女さんの言葉を聞き取ろうと耳を澄ませたが、あまりじろじろ見るのも失礼かと思い、そっと視線を外した。

大楠の迫力
 本殿の裏には大楠が控えている。近づくにつれ、木の存在感が圧倒的になっていく。幹はうねり、瘤が重なり、まるで大地そのものが盛り上がって木になったかのようだ。樹齢は約二千年と推定されているが、中心部は空洞になっているため、年輪年代法で正確に測るのは難しいだろう。とはいえ、古ければ古いほど都合の良い人もいるだろうし、推定値が独り歩きするのも無理はない。

来宮神社の大楠(正面)

 しかし実際は二千年以上生きているかもしれないので、測れるところまで測り、空洞分は推定するのが最も正確な方法だろう。
 案内板には「周囲23.9m」と書かれていた。単純計算で直径にすると7.6mほどになるが、実際に見た印象では5mほどに感じる。これは幹の表面が瘤やうねりで複雑な形をしているためだろう。何しろこの木が持つ“時間の重さ”は圧倒的である。
 ところで、巨樹の世界では幹周で大きさを表すのが通例だが、森林科学を学んだ者としては胸高直径の方が直感的に理解しやすい。とはいえ、巨樹は幹がいびつで直径が一定しないため、周囲長の方が実測値として扱いやすいのだろう。それに、神社としては数値が大きいほど人々へのアピール効果があるのだろう。

大楠の説明板
見晴台から見下ろした大楠

 大楠を少し上がった見晴台から見た姿も素晴らしい。ぐるっと一周して降りてくると、根元が空洞になっていることがわかった。そして二本伸びていた幹の一本は既に切られ、一本だけが上に伸びている。これが樹高26mとのことだ。一本の木が根元付近で分かれて二本に見えるのか、あるいは二本が合体したのかはわからないが、長寿の巨樹は神秘的に見えるものだ。とりあえず、これで今回の目的は果たしたことになる。
 ちなみにネットで日本の巨木クスノキランキングを調べると、一位は鹿児島県姶良郡蒲生町のクスノキで、幹周囲は24.2mとのことだ。来宮神社のクスノキより30cm大きいことになるが、このあたりは誤差と言ってよいだろう。これらを含め、幹周囲20mを超えるクスノキは7本あるようだ。多くは九州に存在する。
 大楠から続く広場のベンチに腰を下ろし、コンビニで買ったおにぎりを食べた。こういう場所で食べる昼食は格別である。木漏れ日が揺れ、姿は見えないがヒーヒーと鳴くジョウビタキの声が聞こえ、風が頬を撫でる。主にメスがヒーヒーと鳴くようである。こうした静かな時間が何より贅沢だと思う。
 しばらく休んだのち、私たちは次の目的地——熱海梅園へ向かうことにした。再び坂道が待っているが、来宮神社の大楠に心が満たされ、足取りは軽かった。

熱海梅園へ向かう坂道
 来宮神社の大楠に感動した後、私たちは再び坂道へと足を向けた。次の目的地は熱海梅園。地図で見ると距離は大したことがないのだが、再び坂である。再びシャツになる。熱海では、どの方向へ歩いても坂にぶつかる。町全体が山の斜面に貼りついているからだ。
 神社を出てすぐ、早咲きの桜が目に入った。「熱海桜」と書かれている。花の色は濃く、寒緋桜だ。まだ二月だというのに、枝先には春の気配が濃厚で、メジロが群れになって蜜を吸っている。メジロは一羽でも可愛いが、群れになると実に賑やかで、枝が揺れるほど忙しなく動き回る。

熱海桜(緋寒桜)

 坂道を登っていくと、道端に「丹那トンネル殉職碑」が現れた。小学校の教科書で読んだ記憶がよみがえる。丹那トンネルは当時としては日本一の長さを誇り、工事は難航し、多くの犠牲者が出たと習った。その殉職碑が、こんな坂道の途中にひっそりと立っているとは知らなかった。観光地の華やぎの裏に、こうした歴史があったことを思い出させてくれる。殉職碑を後にして再び歩き出すと、坂はさらに急になり、日差しは強くなる。

丹那トンネル殉職碑

 やがて梅園の入口が見えてきた。少しだけ梅の香りが漂ってきた。足取りが自然と軽くなる。熱海梅園は「日本一早咲きの梅」として知られている。

梅園の喧騒と春の兆し
 梅園の入口にたどり着いたとき、まず迎えてくれたのは白梅の香りだった。やさしい甘い香りである。

梅園入り口の白梅

 しかし園内は観梅客でざわついていて、梅の色や香りの美しさがどこかに飛んでいってしまったようだ。とはいえ、白梅も紅梅も鮮やかな色を放ち、春の先触れを告げている。冬の光を受けて花びらが輝き、枝先には小さな蕾がいくつもついている。
 園内を流れる小川は自然のものではなく人工のものだが、心を和ませる。やさしい水の音は心を落ち着かせる。橋の上から覗き込むと、澄んだ水が石の間を縫うように流れている。冷たそうな水が陽光を受けてきらきらと輝いていた。

梅園マップ

 奥へ進むと滝が現れた。水量は少ないが、岩肌を滑り落ちる水の白さが美しい。滝の裏側に回り込めるようになっており、水越しに外の景色を見ると、どこか幻想的に感じられるように作ってある。

園内の滝

 園内を歩いていると、ジョウビタキのメスが近くの枝に止まった。さきほど来宮神社で声を聴いた鳥だ。時折「ヒーヒー」と鳴く声が聞こえる。鳥の声が響いても、人々の話し声にかき消され、耳を澄ませないとよく聞こえない。

ジョウビタキのメス

 紅梅の枝にはここでもメジロが群れになって蜜を吸っていた。メジロは本当に忙しなく、枝から枝へと飛び移りながら花の奥にくちばしを差し込んでいる。その姿はまさに日本の早春の象徴である。

紅梅とメジロ

 園内には大きな松もあった。梅の華やかさとは対照的に、松はどっしりと構えている。冬の寒さに耐えながらも美しさを保つ植物たちの姿には、どこか良いものがある。
 梅園を歩いていると、自然の美しさよりも人が手を加えた疑似自然の美しさを感じた。本来の自然ではないが、梅の香りと水の音、鳥の声が混ざり合い、これでもいいかと不思議な感覚に包まれる。やがて園内を一巡し、出口へ向かう頃には心は軽くなっていた。

ホテルへ向かう急坂と熱海の暮らし
 梅園をひと巡りし、春の兆しを胸いっぱいに吸い込んだあと、私たちはホテルへ向かうことにした。梅園からホテルまでは下り坂である。坂を下り始めると、足の指先にじわりと負担がかかるのがわかる。つま先が痛くなるほどの急坂もある。途中、来宮駅の前を通った。そうこう歩いているうちにホテルに着いた。
 ホテルに到着しチェックインを済ませると、荷物を置いてすぐに海へ向かった。海岸へ出ると潮風が頬を撫で、小さく砕ける波が見える。熱海の海は観光地らしい賑わいと、どこか懐かしい静けさを併せ持っているようだ。海辺にはヨットハーバーのような施設があり、白いヨットが整然と並んでいた。漁港というより、どちらかといえばレジャーの雰囲気が強い。

熱海の海、ヨットハーバーのようだ

 カモメが群れになって飛び交い、時折こちらへ向かってくる。慣れているのか、まったく人を怖がらない。あまりに近づいてくるので、少し身構えてしまうほどだ。海岸からは熱海城が見えた。山の上にぽつんと建つその姿は、観光用の城とはいえ、どこか絵になる。湯河原方面の山並みも夕日に染まり、海と山が溶け合うような景色が広がっていた。
 この日の夕方は露天風呂の温泉、夜は大浴場の温泉に浸かった。谷間にあるホテルの最上階のレストランからは、周囲の山の明かりがきらめき、まるで別世界のようだった。

翌日の市内見学と熱海桜
 翌朝、窓の外を見ると、前日と同じく冬とは思えぬほどの明るい陽射しが差し込んでいた。温泉に浸かったおかげで身体も軽く、坂道を歩いた疲れもすっかり抜けていた。
 ホテルを出て、まず向かったのは御成橋である。この川沿いには熱海桜が多く植えられており、ちょうど見頃を迎えていた。枝先には鮮やかな花が咲き、冬の空気の中でひときわ目を引く。桜の枝にはヒヨドリが止まっていた。そのすぐ近くではメジロがまた群れになって蜜を吸っていた。メジロは本当に忙しなく、花から花へと飛び移っている。

熱海桜に止まるヒヨドリ

 ちょうどそのとき、熱海市役所が主催する「市内見学ミニカー」の案内の人が、乗ることを勧めてくれた。どうやら期間限定で、市内を小型電気自動車で巡るツアーを行っているらしい。せっかくなので乗ってみることにした。
 ミニカーはどこか懐かしい形をしていた。説明によると、大阪万博で使われていた車両を譲り受けたものだという。車体には「クリーンスローモビリティ実証運行」と書かれ、ナンバーはまだ「なにわ」のままだった。熱海の坂道を走るには少し頼りなさそうに見えたが、実際に乗ってみると意外と力強く、ゆっくりと街を登っていく。
 ガイド役の市役所の方が、熱海の歴史や別荘地の話をしてくれた。熱海は古くから文人墨客に愛され、多くの著名人が別荘を構えたという。ミニカーはその別荘地の一角を通り抜け、昨日歩いた梅園の上の方まで連れて行ってくれた。

大阪万博で使っていたミニカー

 わずか15分ほどの短いツアーだったが、熱海の町を俯瞰し説明を聞くには、もう少し時間があった方がよく、30分くらいあってもよいのではと思うほどだった。ミニカーを降りたあと、再び梅園の上から下まで歩いて降りた。坂を下りきったところでタクシーを拾い、再び御成橋へ向かった。

海岸で旅を締めくくる
 御成橋から私たちは再び海岸へ向かった。海岸に出ると、冬とは思えぬほど穏やかな海が広がっていた。波は静かに寄せては返し、陽光を受けて銀色にきらめいている。昨日と同じように海辺にはカモメが群れをなし、時折こちらへ向かって飛んでくる。海岸からは昨日と同様、熱海城がよく見えた。

カモメ(ユリカモメの若鳥)
湯河原方面の海
観光施設として建てられた熱海城

 砂浜では、暖かいとはいえ海に入れば冷たいのに泳いでいる人がいた。寒中水泳だ。私にはとても無理だ。
 海岸沿いを少し歩くと、「寛一・お宮の像」が現れた。明治の文芸作品『金色夜叉』の名場面を再現した像で、熱海の海岸といえばこの像を思い浮かべる人も多いだろう。寛一が激しくお宮を責める場面は、今の感覚では少々芝居がかって見えるが、当時の読者には胸を打つドラマだったのだろう。

寛一・お宮の像

 ここから熱海駅までは、ホテルやマンションの間の急階段を登った。熱海駅の標高が74mとのことだから、約70mの直登だった。冬の旅とは思えぬほど暖かく、春の気配を先取りしたような二日間だった。目的だった来宮神社の大楠をじっくりと見ることができ、今回の大楠探訪の小さな旅は実りのあるものとなった。



つづく

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