森林紀行travel

【森林紀行No.2 インドネシア編】 No.8

森林紀行

危うく遭難

カウンターパート(共同作業技術者)達 

11月28日には日本人メンバーの二人が帰国するため、サガラ、フォージーが二人についてルブクリンガウに向かった。サガラは、帰国する二人の世話と共に、林業総局へ戻って仕事があるのだが、フォージーは、「私は、太っているから山へ入っても歩けない。皆が降りてくるまでルブクリンガウのホテルで待っている。」と言ってさっさと町へ降りてしまった。我々はあきれてものが言えなかった。まだ、35才くらいで働き盛りなのに。我々と共に森林を歩き、山を案内し、我々の技術を習得しなければならないカウンターパートなのに、我々が働いている間、町で寝ているというのだ。どちらかと言えば足手まといだったので、これ幸いという面もあった。後で考えると1ヵ月もの間ホテルで何をしていたのであろう?

一方、同じ職務にありながらサガラは良く働いた上に勉強も良くした。サガラは40才で、まもなく定年だと語っていたが、夜は統計の本で勉強しており、「これはどういう意味だ。」と質問されたりした。また、樹木の検索表を持って来て、樹木の分類の勉強もしていた。

この晩から雨が激しく降り続いた。

 

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森林調査の途中、山中の民家で休む。

 

増水 

11月29日は、前日の雨が残り、現場には行けず仕事はできず家で待機していた。マンディに行くと川の水位は一挙に2m以上も上がっていて、濁流が渦巻いている。

 

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増水で水没した家

用を足すにも岸に生えている木にしがみついてしなければならなかった。午前中に資料を整理し、午後は仕事をどう進めていくか打合せをした。

 

遭難騒ぎ 

11月30日になると川の水位はウソのように下がっていた。ここに落とし穴があり、我々は危うく遭難するところであった。

この日は全員で調査に向かった。奥地に入った所で、2パーティーに分かれて仕事をすることにした。それから1時間程歩いて早くも道を失った。しかし、航空写真を持っており、遠く、テンカル山というのを目安に黙々と進み、調査プロットに近づいた。途中ムササビなどを見つけるとディンは眼の色を変えて捕まえようとする。

 

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焼畑で減少していく熱帯降雨林

 

水位が増す湿地林 

調査プロットに向かって歩いているが、林内は水浸しである。標高の高い方へ進んでいるのに段々と水位が増してくる。水は膝より上まで上がってくる。ようやく目的地に着き、調査を始める。30m程も樹高がある木が林立している。水は腰まできた。水に浮いている訳の分からない昆虫が人の体を陸だと思って沢山這い上がって来る。気持ちが悪い。不気味な生物が、褐色で濁った水中から浮き上がってきそうだ。プロットを設定するだけでも相当な時間がかかる。

先頭でメートル縄を引っ張っている作業員の1人が「もう行けない。」と言う。それを私が「行け。行け。」と行かせる。彼は首まで水に浸かって泳いで行く。これは大変であった。仕事どころではなく、ここで引き返すべきであった。

 

どうにか仕事を終える 

どうにか、ようやく仕事を終えて、焼畑に出る。そこで2パーティー全員が運良く落ち合うことができた。そこは、もう街道から10km 以上も奥地へ入った所で、よくこんな奥地に人が住んでいると思う程であった。一人の男がキコリをしながら住んでいた。その小屋で少し休ませてもらい帰路についたのが午後4時であった。

ここに、山に慣れてきた我々の誤算があった。4時にはもう家に戻っていなければならなかったのである。それでも2時間もあれば十分に下れると思っていた。しかし、ここへ来るのさえ、迷いながら来たのであるから同じ道は引き返せなかった。そのキコリに街道へ出る道を聞いて出発した。

 

林内で泳ぐ 

だが前々夜の雨で、林内は次第に水かさが増して行った。とうとう我々は林内で泳がなければならなかった。我々は完全に道に迷ってしまった。荷物は全部頭の上にくくりつけて泳ぎながら行ったが、アルパンは弁当箱を水中に落としてしまった。するとディンが水中では全く何も見えない泥水の中に潜り、いとも簡単にそれを拾って来た。そしてディンはするすると木に登ると方向を確かめた。闇が迫って来始め、我々の心にくすぶっていた不安が、現実のものとなった。皆、口数が少なくなる。しばらく泳ぎながら進み、どうにか足が立たないところからは脱出した。

 

ノルマンのリーダーシップ 

この時ノルマンは素晴らしいリーダーシップを発揮した。ディンにたいまつを持たせ、先頭を歩かせ、ディンの勘に運を任せ、自身は一番後ろから全員の安全を守りながら、隊が一団となり危険が無いように進ませる。たえず冗談を飛ばしながら、皆から不安感を取り除こうとする。

遂に真っ暗となるが、我々は依然として湿地林の中である。夜行性のトラやヘビが出たらどうするのだろうか。体も冷えてきた。

 

部落に着く 

しかし、くたくたになって来たところで、ようやく湿地林を抜け出ることができた。遠くに部落の灯りが見えた。しかし、それからがまだまだ長かった。木の根につまずきながらようやく部落に辿り着いた。既に深夜0時に近かった。8時間も山の中をさ迷っていたのだ。

 

違う部落だった 

しかし、そこはスカラジャではなく、パンカランといってスカラジャから4Kmも離れた部落だった。何はともあれ助かった。全員消耗しきっていた。

 

スカラジャへ 

運転手がジープで迎えに来て、我々はスカラジャへ戻った。スカラジャの集落の人々は心配しており、山へ我々を捜しに入ったそうだ。我々が無事であったことを知ると村中総出で無事を祝ってくれた。会う人ごとに抱き合い、握手をするのであった。これほど人の暖かさを感じたことはなかった。そこで飲んだ熱いコーヒーの美味かったことは決して忘れない。ここで事故にでもあったらタモリのクビも飛んでいたことであろう。

 

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増水中の川

つづく

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