森林紀行travel

【森林紀行No.3 ブルキナ・ファソ編】No.28

森林紀行

緊急避難帰国(残務整理)

帰国への算段

プロジェクトの活動は継続しており、私も多くの村で活動状況を見て、プロジェクトの内容をほとんど理解したから、さあこれからというところであった。しかし、2011年4月14、15日とワガドゥグではクーデター未遂事件が起き、それ以後ブルキナの治安は益々悪化していった。16日の晩にはポー(Po)で、17日の晩にはテンコドゴ(Tenkodogo)で兵士による威嚇発砲事件が起きた。

急激な治安の悪化といっても良いような状況になった。よりによって、私は最も治安の悪い時期にブルキナに来てしまったようだ。次に交代で来る予定のK君も日本の外務省が渡航延期勧告を出したので、予定通り来るのが難しくなった。

そして協力隊員には、ついに緊急避難帰国命令が出て、バンフォラにいる隊員達は4月19日(火)にワガドゥグに集合し、すぐに帰国しなければならなくなった。我々は、同じ日本の協力なのに協力隊員だけが緊急避難帰国で、何故専門家は残って仕事を継続しなければならないのか不可解であった。

団長と相談し、このような現状を考えると専門家に対するJICAの緊急避難帰国命令が出るのを待っていては遅すぎる。この治安の悪化状況ではバンフォラでも何があってもおかしくないので予定を早めて帰国する算段をした。我々には3月22日にワガドゥグでの兵士の反乱事件に巻き込まれた後遺症が強く残っていて、2度とあのような恐怖の時間を過ごしたくはなかった。

しかし、我々はJICAと契約しているので、決められている帰国日が来るまでは勝手に帰国することはできない。そこで、早く帰国することによって残ってしまう仕事は、次回治安が回復してから来る時に行うような先送りする対応案を作り、JICA事務所へ提出した。その案では私と団長は5月6日にワガドゥグを発ち、5月8日に日本に到着する案だった。

するとその対応案が認められ、我々はとにかく5月初旬には帰国できることとなった。そして東京の旅行代理店に連絡し、航空便の変更を依頼し、5月6日ワガドゥグ発の便が確保でき、一安心した。

 

バンフォラの我が家.jpg

バンフォラの我が家

 

協力隊の帰国

4月19日(火)村で建設した倉庫の検査に行く前の早朝、ワガドゥグへ戻る協力隊員をバンフォラのバスのターミナルへ見送りに行った。このバスターミナルはラキエタバスのもので、このオーナーがラキエタ・センターを持っていて、そこでシアバター石鹸を製造している。

この周辺の5名程の隊員達が集まっていて、皆と別れの挨拶をする。どちらかというと隊員達は帰国はしたくないようであるが、バンフォラでも兵士の威嚇発砲事件に遭遇しているし、ブルキナ全体で同じ事件が起きるようになってきていては、帰国もやむなしといったところであった。

その中の一人の女性隊員は地元の青年と恋仲になっていたようで、その青年と抱き合ったままぴったりとくっついて離れられない。とても悲しく可哀そうな光景であった。実際このシーンにはびっくりしたが、こうしてオープンにできた人は良いだろう。中にはひっそりと別れた人もいるかもしれない。生物として人間を見れば、遠いところの男女が引きつけ合うのは当たり前のことである。

 

専門家の帰国

そんなことで協力隊員がいなくなり、事務所からはIさんが消え、急にさみしくなった。我が家にも時々訪ねてくる協力隊員がいなくなってしまったというだけで、幾日も経っていないのに急に寂しさを感じるようになった。

ブルキナでは4月18日に新首相が任命され、軍の参謀総長など指揮官クラスが大幅に交代させられた。しかし、若手兵士の反乱を抑えられず、治安は悪くなる一方である。

すると協力隊よりも約10日遅れではあるが、4月25日(月)の夜になり、JICA事務所から4月29日(金)に緊急避難帰国せよと電話が入った。これは決定であるとのことである。やはりそうなのだ。我々は独自に提案していたが、このような状況では仕事どころではない。

それで再び東京の旅行代理店に連絡し、5月6日ワガドゥグ発に変更した航空券を再々度、4月29日(金)発に変更してもらった。幸い同じルートで席を確保することができた。

 

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バンフォラの我が家の私の部屋

 

暫定的残務整理

4月26日(火)、27日(水)は事務所と家では暫定的な残務整理を行った。26日(火)に事務所でブルキナ側責任者のキニーに我々が緊急避難帰国することになった事情を話し了解してもらった。しかし、プロジェクトは中断ではなくブルキナ側スタッフだけで継続して運営していく必要があり、それには運営資金が必要であった。プロジェクトが再開されるまでの繋ぎ資金はブルキナ側に立て替えておいてもらいたいところであったが、何しろブルキナ側は彼らが用意すべき予算さえ全て用意できているわけでもなく、プロジェクトが一部を立て替えている状態だったので、繋ぎの立て替えも頼めない状態だった。しかし、立て替えている予算はまもなく降りるということだったので、とりあえず6月一杯までの資金を渡し、その後は立て替えてある予算で運営するとのことで話はついた。

我々はプロジェクト資金の整理や仕事の継続方法などブルキナ側のスタッフとの打ち合わせに忙殺された。

そして家では共通の荷物や自分の荷物の片づけで忙しかった。部屋は台所だけずっとキープし、その他の部屋、居間、バストイレはホテル側が客に貸すために明け渡すことにし、残していく荷物はすべて台所に押し込んだ。

 

我が家の台所.jpg

我が家の台所

 

多くの食材を残していった.jpg多くの食材を残していったが、半年後に来たときはほとんどを捨てざるを得なかった





                                                                                                             つづく

【森林紀行No.3 ブルキナ・ファソ編】No.27

森林紀行

鳥類、爬虫類、両生類など

今回は現地で撮影できた爬虫類、両生類などを紹介する。

 

ハト

ハトの仲間はどこでも沢山いた。

 

ウラテンガ村でシアバター(カリテ)の木に留まるハト.jpg

ウラテンガ村でシアバター(カリテ)の木に留まるハト

 

カジョー村で見たハト.jpg

カジョー村で見たハト

 

我が家の庭にも沢山いたハト.jpg

我が家の庭にも沢山いたハト

 

 

冠のついた鳥

カジョー村へ行く途中のコングコ指定林の中で冠がつき、尾と羽根の先が白く、全体が黒い鳥をみた。

 

冠のついたトリがいた。尾と羽根の先が白い.jpg

冠のついたトリがいた。尾と羽根の先が白い

 

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同上

 

嘴が黄色の鳥

カジョー村で見た嘴が黄色の鳥.jpg

カジョー村で見た嘴が黄色の鳥

 

木の葉を咥える鳥

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カジョー村で見たもの

 

ラボラサンクララ村で見た鳥

ラボラサンクララ村ではインコが沢山いることを発見した。

 

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インコ

 

インコの拡大写真.jpg

インコの拡大写真

 

インコ以外にも何種かの写真が撮れた.jpg

インコ以外にも何種かの写真が撮れた

 

カジョー村で葉をくわえていた鳥と同じ種類の鳥.jpg

カジョー村で葉をくわえていた鳥と同じ種類の鳥

 

ハ虫類

ヤモリ

家に沢山おり、毎晩玄関の壁に張り付いて「キュ、キュ」と鳴いていた。

 

壁に張り付くヤモリ.jpg

壁に張り付くヤモリ

 

我が家のヤモリ.jpg

我が家のヤモリ

 

トカゲ

このトカゲは事務所にも家にもどこにでも沢山いた。メスとのことである。

 

事務所の壁に張り付くトカゲ.jpg

事務所の壁に張り付くトカゲ

 

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同上

 

これが同じ種類のオスとのこと。どこにでも沢山いる.jpg

これが同じ種類のオスとのこと。どこにでも沢山いる

 

捕まえようとするとすぐに木に登って逃げる.jpg

捕まえようとするとすぐに木に登って逃げる

 

家の庭を走り回る.jpg

家の庭を走り回る

 

両生類

カエル

ウラテンガ村の壊れた井戸の中で発見したものである。とぼけた顔をしていると思ったら目が四角形(菱形)なのである。このような顔のカエルを見たのは初めてである。

 

井戸の中の蛙.jpg

井戸の中の蛙

 

カエルの顔の拡大写真.jpg

カエルの顔の拡大写真

 

昆虫

家の中にいた蚊を撮ったもの。マラリアを媒介するハマダラカかどうか確かめたく撮ったが、尾が上がってないのでハマダラカではない。また、ハマラダカは羽根がまだらになっているので捕まえてみればそれもわかる。

 

家の中の蚊.jpg

家の中の蚊

 

 

つづく

【森林紀行No.3 ブルキナ・ファソ編】No.26

森林紀行

動物

野生のサル

トゥムセニ村からの帰りに、指定林の中でサルを見た。5?6頭が道路を横断して行くのである。車を止めて写真を取ったが、遅かった。動きが早いのでじっくり撮っている暇はない。尻尾と手足が長いサルである。さっと森の中に消えて行ったが、初めてのフィールドワークでサルを見られてラッキーだった。サルをサンジュ(Singe)とフランス語で言う。これならいろいろな森に行けば、もっとサルを見ることができるだろうと思っていたが、サルを見ることができたのはこの時だけだった。

 

左側やや下の方にサルがいる.jpg

左側やや下の方にサルがいる

 

サルがいる部分を拡大した写真.jpg

サルがいる部分を拡大した写真


家畜

アグチ

アグチは食用ネズミの一種で、これはブヌナ村で飼育しているものである。プロジェクトメンバーのK君が協力隊員の時に、ブヌナ村でこの飼育を支援していた。その後、その飼育を引き継いだ協力隊員のIさんが面倒を見ていた。

 

ブヌナ村のアグチ.jpg

ブヌナ村のアグチ

 

 

ホロホロチョウ

ホロホロチョウは西アフリカ一帯に生息し、ここでは家禽として飼育されている。

 

ブグッソー村のホロホロチョウ.jpg

ブグッソー村のホロホロチョウ

 

 

鶏はどこの村にも多い。

 

かわいいヒヨコと母鶏。カジョー村.jpg

かわいいヒヨコと母鶏。カジョー村

 

 

牛、ヒツジ、ヤギ、ロバ

これらの家畜もどの村でも沢山飼っている。

 

ウエンガ村で水を飲む牛。.jpg

ウエンガ村で水を飲む牛。井戸はプロジェクトの支援で作ったもの

 


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 カジョー村のカシューナッツ林を歩く牛

 

カジョー村のヒツジ.jpg

 カジョー村のヒツジ

 

ブグッソー村の頭部が黒いヒツジ。ヒツジの尻尾は長く垂れる.jpg

ブグッソー村の頭部が黒いヒツジ。ヒツジの尻尾は長く垂れる

ニャナ村のヤギ。ヤギは短い尻尾が立つ.jpg

タニャナ村のヤギ。ヤギは短い尻尾が立つ


ウラテンガ村のロバ。悲しげな声で鳴く.jpg

ウラテンガ村のロバ。悲しげな声で鳴く

 



                                                                                                     つづく(次回は鳥を紹介する)

 

【森林紀行No.3 ブルキナ・ファソ編】No.25

森林紀行

物を大事にしないこと

ウラテンガ村では、壊れた車やほったらかしにした道具が目についた。車の壊れたものは仕方がないが、この村まで走ってきてここで壊れたものであろう。その後部品などを取りだして使っていたのだろうが、物が少ないのだからもっと丁寧に部品を取り出せばいろいろと役立ちそうなものは沢山あるように見えた。しかし、その場限りがしのげれば良いのであろう。必要なものだけが抜き取られた車が打ち据えられていた。

釘やカスガイ、スコップやジョウロなども外にほうりっぱなしである。道具は少ないのに使ったら使いっぱなしできれいに洗ってしまうなどの手入れをしない。物を大事に扱うとか、もったいないという感覚がないのであろうか?プロジェクトでは村に倉庫を作ったのでせめて道具は倉庫に大事に保管してもらいたいと思う。

 

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壊れた車

 

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ほうり投げられている釘やカスガイなど

 

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スコップ。柄を三角形にして力を込めれるような工夫はない

 

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道具はほったらかしで、大事にする姿勢がない

 

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プロジェクトで作った倉庫。

せめて道具を大事に保管してもらいたい

 

物作りのレベル

次の写真は、ダンドゥグ村へ行った帰りに休憩したシデラドゥグの店屋で見た椅子やテーブルである。あまりにいびつである。ごく簡単なものもきちんと作れない。何故いびつにしか作れないのか不思議である。メジャーを使わなくともせめて紐くらい使って長さを合わせることくらいはできるだろうが、それもしないのだろう。目分量にしてもあまりにひどすぎる。どこにもきちんとしたバランスの良い椅子やテーブルがないので、バランスがとれたものをいびつと感じているとしか思えない。

 

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シデラドゥグの食堂のテーブル

 

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椅子もテーブルもどこか1本の足が浮く。

右下のヤカンは手洗い用のもの

 

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傾いている長椅子の足

 

つづく

【森林紀行No.3 ブルキナ・ファソ編】 No.24

森林紀行

食事関係の技術

臼と杵

臼と杵は数万年前から利用されていた歴史がある。大昔とは形は違うだろうが、それが今でもずっと使い続けられているというのはすたれない技術だ。この辺りの杵は真っすぐで上下に突く杵で、日本の餅つき用の斧形のものとは異なる。ミレット(キビ類)やソルガム(モロコシに似たイネ科)を突くのに適している。しかし、近年粉ひき機が導入され始め、この半永久的技術もすたれていくのかもしれない。

 

臼と杵と斧(ウラテンガ村).jpg

臼と杵と斧(ウラテンガ村)

 

三つかまど

この三つ石かまどは、伝統的に太古からずっと使われてきたものである。熱効率も薪の消費量も考慮しなくて良いなら屋外で使用する場合には、煙の害も気にならないし、単に石を三つおけばいいだけなので住民はこれを好む。

 

伝統的三つ石かまどによる煮炊。ウラテンガ村.jpg

伝統的三つ石かまどによる煮炊。ウラテンガ村

 

トウモロコシをペースト状にしたものを煮ている.jpg

トウモロコシをペースト状にしたものを煮ている

 

鉄製かまど

写真の鉄製かまどはブグッソー村のものである。これはどこかの団体で援助したものであろう。これをずっと使い続けているのは使い勝手が良いからであろう。普通はすぐに三ツ石かまどに戻ってしまうのである。

 

鉄製の改良かまど。ブグッソー村.jpg

鉄製の改良かまど。ブグッソー村

 

並んだ鉄製改良かまど。ブグッソー村.jpg

並んだ鉄製改良かまど。ブグッソー村

 

粘土製改良かまど

写真の粘土製の改良かまどはジャンガ村のものである。これが一番熱効率が良く、薪の消費量も少ない。しかし、これは長持ちせず壊れ易いのが欠点である。この村では修理したり新しいものを作ったりして根づいている。私は、セネガルで似たような形のものを普及させたことがあるが、壊れると修理をしないのである。作るのや修理をするのが面倒と感じるのである。三つ石かまどであれば作る必要がないのですぐに三つ石かまどに戻ってしまうのであった。より簡易なものでないと継続的に使われないのであった。ブルキナの人の方が根気があるのだろうか。

 

粘土製の改良かまどで、ペースト状.jpg

粘土製の改良かまどで、ペースト状のトウモロコシを暖めている。ジャンガ村

 

粘土製の改良かまど。ジャンガ村.jpg

粘土製の改良かまど。ジャンガ村

 

近代的技術

粉ひき機

臼と杵に変わって登場してきたのが、この粉ひき機である。こういった機械が女姓の労働を徐々に軽減していくのであろう。

 

粉ひき機でトウモロコシを粉に。ブヌナ村.jpg

粉ひき機でトウモロコシを粉に。ブヌナ村

 

粉ひき機で弾いたトウモロコシ粉.jpg

粉ひき機で挽いたトウモロコシ粉

 

ソーラー発

次の写真はジャンガ村で見たソーラーパネルとテレビのアンテナである。ソーラパネルはどこかの援助機関が援助したものか、自分で購入したものであろう。バンフォラのマーケットでソーラーパネルが売っているのを見たことがある。村の金持ちはテレビを購入できるのだ。

 

ソーラパネルとテレビのアンテナ。ジャンガ村.jpg

ソーラパネルとテレビのアンテナ。ジャンガ村

 

タコヤキ型鉄板

ジョンゴロ村に行く時にバンフォラに近い道路際で、タコ焼き型鉄板を発見した。タコヤキ用よりもやや大型であるが、この鉄板で小麦粉を溶いたものなどを焼いて売っているのである。オヤキである。あまり清潔そうではないが、一つ食べてみた。あまり美味しいものではなかった。

 

タコ焼き型鉄板。道路沿いで.jpg

タコ焼き型鉄板。道路沿いで

 

トウモロコシ粉や小麦粉のペーストを焼いて売っているオヤキ.jpg

トウモロコシ粉や小麦粉のペーストを焼いて売っているオヤキ

 

【森林紀行No.3 ブルキナ・ファソ編】 No.23

森林紀行

村の技術

多くの村を訪ねた際に村で見た物作りの技術や道具、それに機械を使った技術などが観察できた。

 

簡易な土木技術

防風柵と土嚢

ジョンゴロ村からの帰途に見たものでは、ヤシの木を防風柵にしたり、土嚢を積んだりして、風食などの被害から畑や道路を護っている場所があった。住民自らが作ったとしたら相当に工夫をこらしたものである。

 

ヤシの木の杭を壁にして風食から畑を護る.jpg

ヤシの木の杭を壁にして風食から畑を護る

 

ヤシの木と土嚢を積んで風食から道路を護る.jpg

ヤシの木と土嚢を積んで風食から道路を護る

 

また、ヤシの木を使って簡易な橋を作っている場所があった。ただし、橋脚として使っているヤシの木の長さが不揃いだったり斜めに傾いている。これは使っている内に車の重みで傾いてきたのかもしれないが、全体に弱く不安定で今にも崩れ落ちそうである。こうしたものは地元にある資材を使って簡易にできるので、もっと普及しても良さそうに思えるが、ジョンゴロ村周辺でしか観察できなかったので普及はしていない。

 

雨期になると川となる場所の上にかかっていた木橋。.jpg

雨期になると川となる場所の上にかかっていた木橋。木橋があるのは

素晴らしいが、バランスが悪い。丁寧に作れば強度も増すのだが。

 

建築材料

日干しレンガ

この辺りの家や倉庫などの建築物はすべて日干しレンガ作りである。粘土があれば簡単に作れるので、どの村でも日干しレンガは盛んに作られている。この辺りは地震がないのが幸いしている。

 

日干しレンガ。型に入れて作ったレンガを乾燥させている。.jpg

日干しレンガ。型に入れて作ったレンガを乾燥させている。ウラテンガ村

 

屋根葺き技術

屋根を葺くにはヤシの葉を乾燥させ編んだものかミレット(キビ類)のワラが用いられている。シデラドゥグで焼き肉を食べた店屋の屋根は、ヤシ葺きの屋根できちんと作られていて、ブルキナでもやればできるじゃんという印象を受けた。

 

ヤシで編んだ屋根。シデラドゥグの焼き肉屋。.jpg

ヤシで編んだ屋根。シデラドゥグの焼き肉屋。網がきちんと編んである

 

ヤシの葉を乾燥し編んで巻いたもの.jpg

ヤシの葉を乾燥し編んで巻いたもの

 

同じ場所にワラを束ねたものもあった.jpg

同じ場所にワラを束ねたものもあった

 

同じ焼き肉屋にあったコンクリートの台。これは何だ.jpg

同じ焼き肉屋にあったコンクリートの台。これは何だと聞くと、

夜はディスコに変身とのこと。若者のエネルギーの発散場所だ。

 

 

つづく

 

【森林紀行No.3 ブルキナ・ファソ編】 No.22

森林紀行

指定林(国有林)

ブルキナでは国有林のことを指定林(forêt classe)といっている。プロジェクトでは4つの指定林周辺に住む住民を対象に住民が自ら森林を管理し、森からの恵みを利用することで生計の向上を図ることを目的としている。住民は昔からずっと森林を利用し続けてきたので森林の樹木の密度が低く相当に劣化している。劣化度合いは、森林への圧力によるが、それは人口圧に比例している。都市のバンフォラに近いブヌナ指定林の森林は樹木が生えている密度は非常に低く、場所によっては草原のようになっている。次にバンフォラに近いトゥムセニ指定林は樹木の密度は低いけれどもようやく森林と言ってもさしつかえないような森林である。一方グアンドゥグとコングコ指定林の森林は面積も広大で、樹木の密度も高いと言える森林である。

 

ブヌナ指定林

ブヌナ指定林の面積は1,300haと他の指定林に比べてかなり小さい。それに樹木は本当に少ない。大部分が森林とは言えないような草原に近い状態である。住民が薪材としてずっと利用し続け、伐採されてしまったのである。一部シアバターの木やネレの木が残っているがそれも非常に少ない。30年ほど前に植林された小面積のチークの人工林があるが、成長は非常に悪い。

 

 

シアバターの木がわずかに残るブヌナ指定林.jpg

 

シアバターの木がわずかに残るブヌナ指定林

 

一部チークの植林地があるが成長は悪い。.jpg

 

一部チークの植林地があるが成長は悪い。30年生で樹高10m程度

 

ブヌナ指定林の標識.jpg

 

ブヌナ指定林の標識

 

トゥムセニ指定林

トゥムセニ指定林は、2,500haでブヌナの指定林よりは大きいが、大木はほとんどなく、かなりの疎林である。疎林ではあるが、一応、森林らしき様相は呈している。しかし、疎林であるので林内は歩き易く、放牧も容易である。本来指定林の中の放牧などは禁止であるが、かなりの牛も見られたことから、人間だけでなく家畜の食害によっても劣化した森林である。

 

 

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トゥムセニ国有林。

 

樹木の密度の低いトゥムセニ指定林.jpg

 

樹木の密度の低いトゥムセニ指定林

 

グアンドゥグ指定林

グアンドゥグ指定林内は9,500haと面積も広大で樹木の密度も高い。やはりバンフォラから約80kmと離れていて人口圧が低いからである。

 

 

グゥアンドゥグ指定林内の村へ通じる道路.jpg

 

グゥアンドゥグ指定林内の村へ通じる道路

 

グアンドゥグ指定林内の道路.jpg

 

グアンドゥグ指定林内の道路

 

コングコ指定林

コングコの指定林は27,000haあり、グアンドゥグ指定林の倍以上の面積があり、プロジェクトが対象としている4指定林の中では最も広い。樹木の密度はグアンドゥグ指定林と同じかやや高いくらいである。

 

 

コングコ指定林内の道路.jpg

 

コングコ指定林内の道路

 

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コングコ指定林

 

【森林紀行No.3 ブルキナ・ファソ編】 No.21

森林紀行

倉庫の検査

プロジェクトでは毎年5村づつ、村の倉庫を作っており、2011年にはグアンドゥグ指定林のウラテンガ村、グアンドゥグ村、ダンドゥグ村、コングコ指定林のフガングエ村、それにブヌナ指定林のラボラサンクララ村の5村に倉庫を作っていた。私がブルキナにいた時期に完成したので業者とカッソンと検査に行った。まずは遠いグアンドゥグ指定林とコングコ指定林の周辺の村に向かった。それが終わってからバンフォラに近いブヌナ指定林のラボラサンクララ村に行った。ラボラサンクララ村の倉庫はこの日には完成していなかったので、後日再度検査に行かなければならなかった。

 

シデラドゥグの焼き肉屋

いつものようにまずはシデラドゥグまで行った。そこで、焼き肉屋に行き、昼飯用の肉を焼いておいてくれるように頼む。

焼き肉やのあんちゃん.jpg

焼き肉やのあんちゃん

 

焼き肉屋のマトン。これが実に美味い.jpg焼き肉屋のマトン。これが実に美味い


森林官事務所

まずはシデラドゥグの森林官事務所に行き打ち合わせる。前にも記したが、ここの森林官は英語を話す。この森林官とカッソンが英語で会話しているのでビックリした。フランス語でないのだ。ここの森林官はガーナにいたので、フランス語よりも英語の方が話易いようだった。

 

壁にハイエナのような毛皮が飾ってある.jpg

壁にハイエナのような毛皮が飾ってある

 

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村のプロジェクト委員会の委員達を集め、マンゴーの木の下打ち合わせ

 

森林官事務所の前の小学校で

打合せが終わって、森林官事務所のそばにある小学校を見ていると小学生達がカメラを持っている私を見つけ、一人が歓声を上げると皆一斉に私をめがけて走り始めた。私もこれには驚いた。ちょっとまずいなあと思いながらもあっという間に子供達に囲まれてしまった。写真のように実にキラキラ輝き穢れのない目をしている。この子供達だけは、腐敗した大人にならないように育つことを祈った。

 

人懐っこく一斉に駆け寄って来る子供達.jpg

人懐っこく一斉に駆け寄って来る子供達

 

倉庫

どの村の倉庫も同じスタイルで作ってある。作っている業者が一緒だから質も同じだ。日本人の目から見たら緻密さや細やかさがなく作り方は荒い。建てつけが悪く、ドアは閉まるが噛みあわせが悪く、少しずれたりしているので、ぴったり閉まるように改良させたりする。しかし、この辺りではこれ以上良いものはできないであろうというくらいちゃんとしている。

 

きれいに仕上がった倉庫.jpg

きれいに仕上がった倉庫

 

窓の戸締り金具と穴の位置が少しずれたりしているので改良.jpg

窓の戸締り金具と穴の位置が少しずれたりしているので改良

 

天井はトタンである.jpg

天井はトタンである

 

トタン屋根の内部。空気穴、ブロックは削りっぱなし.jpg

トタン屋根の内部。空気穴、ブロックは削りっぱなし

 

倉庫内の窓から外を望む.jpg

倉庫内の窓から外を望む

 

窓の戸締り用金具.jpg

窓の戸締り用金具

帰り道のシデラドゥグにて

4つの村の倉庫は不具合を直させたので、帰ることとした。

村から街道に出て、出会った子供達.jpg

村から街道に出て、出会った子供達

 

途中の溜池の沿いを歩く牛達.jpg

途中の溜池の沿いを歩く牛達

 

焼き肉屋

帰りには頼んでおいた焼き肉を食べにシデラドゥグに行く。大分遅い昼食となった。腹がへっていることもあるが、地元民も食べるこのようなところで食べるのは実においしい。日本では同じような準備や焼き方がないからだろうか?

朝頼んでおいた焼き肉。これが美味い.jpg

朝頼んでおいた焼き肉。これが美味い

 

ラボラサンクララ村の倉庫

その後ラボラサンクララ村の倉庫の検査に行った。この時点で、倉庫はまだ未完成だったので、完成した後4月22日に、もう一度検査に行き、問題ないことを確認した。

建設中のラボラサンクララ村の倉庫.jpg

建設中のラボラサンクララ村の倉庫

 

ラボラサンクララ村はバンフォラに近く.jpg

ラボラサンクララ村はバンフォラに近く、バンフォラに近いほど整備

されていて、この村にも学校があり、この日は運動会をしていた

【森林紀行No.3 ブルキナ・ファソ編】 No.20

森林紀行

ジャンガ村とカジョー村

 ジャンガ(Djanga)村

ジャンガ村には2011年4月20日(水)、フガングエ村の後に訪ねた。

 

村の雰囲気

村に着いた時に村人が集まって村民集会を開いていた。その参加者は男だけで、男性社会である。そして有力者は裕福そうでソーラー発電やテレビも持っていた。貧しい中でも貧富の差はかなりありそうに見えた。

 

男達が集まって村の集会.jpg

男達が集まって村の集会

村の有力者の家にはテレビがあり、外に.jpg

村の有力者の家にはテレビがあり、外にアンテナ

を立て、ソーラーパネルとバッテリーがある

粘土で作った改良カマドを使用.jpg

粘土で作った改良カマドを使用

トウモロコシの粉を溶いて暖めている.jpg

トウモロコシの粉を溶いて暖めている

まな板を使わないが、手の上で上手に切る.jpg

まな板を使わないが、手の上で上手に切る

つるべ式の井戸も多い.jpg

つるべ式の井戸も多い

村のトイレ。家とは離れて作る。.jpg

村のトイレ。家とは離れて作る。プラスティック性の

やかんに水を入れて持って行きそれで手を洗う

 

シアバターの購入

 

村人が持って来たシアバターの重さを測る.jpg

村人が持って来たシアバターの重さを測る

 

シアバターを溶かす。固まる時間を測る.jpg

シアバターを溶かす。固まる時間を測る

この村で作ったシアバター.jpg

この村で作ったシアバター

 

 

カジョー(Kadjo)村

カジョー村に行ったのは2011年4月21日(木)のことである。カッソンと行った。村への会計指導である。

途中の道路はトラックが通るとひどい埃.jpg

途中の道路はトラックが通るとひどい埃

途中のカシューナッツの植栽地.jpg

途中のカシューナッツの植栽地

 

 

村の雰囲気

バンファオラからシデラドゥグを過ぎ、さらに遠くの林内の村で、村人がよりまとまっているように見える。

村の入口.jpg

村の入口

我々が着くと、すぐに皆が集まってくる.jpg

我々が着くと、すぐに皆が集まってくる

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粘土で作った改良かまど

 

 

割礼

この辺りの子供達は全員が割礼を受けていると思われる。裸で歩いている男の子を見ると良く分かる。女性も皆、割礼を受けていると思われる。デベソも多い。5才までに20%の子供は亡くなると言われているが、割礼の影響もあるのではないかと思われる。

 

 

会計指導

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村人にプロジェクトのバランスシートを説明

 

 

スンバラ

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スンバラを沢山作っている。スンバラの莢。前に記したが

ネレというマメ科の木の種子を発酵させ作る調味料。

納豆菌と同類の菌のため好きな人には良い匂いだが、

外国人では、その匂いに適応できない人もいる。

 

 

カジョー村から帰る途中の村にて

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イスフがホロホロチョウを2羽買う

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ホロホロチョウ

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子供達と

 

続く

【森林紀行No.3 ブルキナ・ファソ編】 No.19

森林紀行

ウラテンガ(Ouratenga)村とフガングエ(Fougangue)村

ウラテンガ村

ウラテンガ村に行ったのは2011年4月14日(木)のことで、ウェンガ村を訪ねた後に行った。この村もシアバターの買い付けを兼ねて行ったものである。

 

村の雰囲気

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ロバが草を食み、のんびりとした雰囲気である

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トウモロコシ粉を練って暖めている。使っているのは

最も原始的な石を三つ使った三ツ石カマドだ

 

シアバターの購入

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住民の作ったシアバターの重さを測り、

品質を調べた後に購入伝票を渡す

 

ドゥリバラ 

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 マラリアに効くというドゥリバラの根を削る

 

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 削った根を乾燥させる

 

苗畑

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極小さな村落苗畑である

 

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ワラをかけて日陰を作る

 

ウラテンガの家

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家の外。雑然とし、整理していない

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家の中では子供に昼寝をさせていた

 

フガングエ(Fougangue)村 

フガングエ村に行ったのは4月20日(水)である。カッソンとラキエタ・センターのいつもの2人と行った。フガングエ村の後にジャンガ村にも行った。ここはシアバターの買い付けを兼ねて行ったものである。

 

シデラドゥグで

昨日(4月19日)倉庫の検査に行く時に、遅い昼飯を取った焼き肉屋で、また昼飯用に肉を焼いておいてくれるように頼んでからフガングエ村に行く。

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清潔とは言えないが、焼いてあるので大丈夫。これが美味い

 

村の雰囲気

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村の入口

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薪を積んでいる。積み方は他の村と比較して良い方である

 

シアバターの購入

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村人がシアバターを運んでくる。いつもと同様

重さをはかり、品質を調べ、購入伝票を渡す

 

バグボの写真

前述したように、この時隣国のコートジボワールではバグボ元大統領派と現大統領のワッタラ派との衝突から内戦状態に陥り、村へ訪ねる少し前に元大統領のボグボが拘束された。バグボへの不満はコートジボワルからブルキナまで届いていたのであろう。この辺鄙な村の中でバグボが白人の警官に捉まり、真っ裸で警棒でたたかれながら押し連れられて行く写真が出回っていたのである。そのような写真がこのようなところにあるとは本当に驚いた。これはもちろん合成写真であるが、静かな村でも一旦ことが起こればどのように変身するかわからないと思ったものである。

 

つづく

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