9月の駒ケ岳

東京オリンピック2020、東京パラリンピック2020も賛否あるなか閉幕を迎え、
季節は晩夏から秋へと向かいはじめました。
果物やキノコなど秋の味覚の出足もまずまずとのこと。
楽しみな季節となってきます。
さて、お盆には梅雨の終わりのような形での大雨があり、各地に災害をもたらしましたが、
台風や秋雨前線による降雨がこれから予想されます。
コロナ禍による緊急事態宣言により例年行われる防災訓練が中止となった自治体も多いようです。
各家庭でいざという時の行動をどうするか確認をしておきたいところです。

【増井 博明 森林紀行No.7 アラカルト編】 No.38_チリ
筆者紹介

南米6ヵ国訪問(チリ)
パラグアイの仕事が終わり、次はチリに向かった。チリは始めて訪問する国だったのでいささかワクワクしていた。どんな国でもそうだが、初めて訪問する国はワクワクするものだ。初めていった国で実際に自分の目で見た印象は、事前に調べていたことや人から聞いていたこととは、全く違うことが多かった。そこでここでも中学校で習った英語の「Seeing is believing.」を思い出していた。「見ることは信ずることだ。」が直訳だが、ことわざとしての「百聞は一見にしかず。」に相当する訳は、今ではなんとなく分かるにしても、中学のころは百聞という文章が入っていない文章をなぜそう訳せるのか分からなかったことも思い出していた。白紙の状態で、自分の目で見て、その国の印象を受け止めるのが自分なりの正しい評価を得られると経験上思うようになってきたころである。まさに「Seeing is believing.」である。
さて、アスンシオンのホテル内山田を9時に出発して、空港に9時半に着いた。チリ行きの便はAF209で、11時15分発だった。わずかに遅れて11時25分に出発し、チリの首都サンティアゴに予定通り14時25分に着いた。
アコンカグア
アスンシオンからアンデス山脈を越えるときには雪をかぶった山が良く見えた。このルートはアスンシオンから南西に向かって飛ぶが、サンティアゴの北北東のアルゼンチン側には南米の最高峰アコンカグア(6,960ⅿ)が見えるのではないかと思っていた。私が若いころまでは地図には7,000ⅿをわずかに超える高さが表記されていたが、その後正確に再測量され正確な標高6,960mとなったのだろう。南米には7,000ⅿを越える山があるのだ、一体どんなところだろうか、ヒマラヤと変わらないのだろうか、いつか登ってみたいものだと高校生くらいの時は思っていた。因みにアコンカグアとは先住民の言語で、「雪の山」という意味と「岩の番人」と言う意味があるとのことである。種族により同じ発音で意味が違うのであろう。
7,000ⅿを下回ってしまったのは残念だったけれど、学生の時にも、岩波新書の「パタゴニア探検記」を読んでパタゴニアに行きたい、アコンカグアに登りたいと思い、友人達と「パタゴニア会」を作ったりしたものだった。どちらも実現する前に老いぼれてしまったようだ。しかし、この時はアコンカグアの頂上と5kmくらいまでには最接近しただろうし、パタゴニアには自分なりにはかなり近づいたと思った。コロナ禍が収まれば、パタゴニアツアーなどには参加できないとも限らないからパタゴニアに行く機会はまだあるかもしれない。この夢は強い意思を持てば、物理的にはかなえられる夢であるが、この種の夢をいくつか叶えてきた今となっては、夢は夢としてずっと持ち続けている方が楽しいと思う今日この頃である。
それはそれとして、ちょうどアンデス山脈の上空を飛んだ時に撮った写真は、ネットの画像などと比較して、アコンカグアだと思われる。


チリの関係機関
サンティアゴに着き、翌日から関係機関を訪問し、様々な調査を行った。当時チリの森林は、農業省の下部組織のCONAF (Corporación Nacional Forestal国有林公社)という公社が管理し、それとともにもう一つ経済省の下部機関のINFOR(Instituto Forestal 森林研究所)が森林に関する研究機関とのことだった。現在はどちらも農業省の下部組織のようである。森林計画作りに関してはINFORが中心に行っていたので、まずは、INFORを訪ねた。森林情報をどの程度把握しているのか、どの程度の調査の能力があるかを探った。
INFOR(森林研究所)
直接訪ねて行ったが、当時のINFORのDirector(所長)に面会でき、所長はチリの森林状況を説明してくれた。1987年当時のことであるが、それによるとチリには造林地が120万haあり、そのうちラジアータ松が90~95%とのことだった。2021年現在は造林地は拡大し、倍以上の250万ha程度存在するようである。たとえ人工林であろうとこの地球温暖化の時代、CO2の吸収源としての森林が増えることはうれしいことである。
ところで、林地はすべて民有地で、国有林は国立公園だけであるとのことだった。そしてその管理はINFORが行っているとのことだった。INFORの主な仕事は国立公園の森林の管理だった。ただし、造林地は民有地であるけれども、その施業指導などは行っており、また、民有地では入植地での森林伐採問題があるとのことだった。実際に、様々な森林調査も行っていた。
所長も最初は、我々が何のためにチリ国の森林の状況を調査に来たのかわからなくて、日本と一緒に仕事をしようなどということは考えたこともなかったようで、あまりやる気は感じられなかった。
日を改めての議論
しばらく話しているうちに私が日本の森林や林業の状況などを説明し、人工林の管理としては、人工林密度管理図や収穫予想用なども作り、収穫時にはどの程度の材がとれるかどうかなども予想している、あるいは造林適地区分図なども作成されているというようなことを説明していると急に目が輝いてきて、「それは面白い話だ。私の国ではまだそこまで進んでいないし、私一人で話していてはもったいないし、理解できないこともあるので、専門の技術者を集めるので彼らと議論してもらいたい。」ということになり、3日後の木曜日に、日を改めて意見交換をしようということになった。
そして木曜日になり、チリの技術者5人が集められ彼らを相手に様々な議論をした。チリは国土が南北に細長く、北から南に向かい14の州に分かれていて、やや南の州での天然林の再生の問題や入植地での森林管理の問題などがあることがわかってきた。
天然林の再生問題は南緯35度~44度程度(日本でいうと東日本~北海道くらいの緯度)にはブナ科のNotofagusという優占樹種があり、これが有用樹なので、これらの分布や林分構造、特徴を把握し、Notofagusを中心とした天然林森林管理計画を作成したいという意向があった。ただし、民有林なので、政府としては補助金を出し、天然林の再生指導を進めたいとのことだった。
入植地の問題は南緯45度付近であるが、この地区は人口が少ないので8年前から入植政策を取り、国有地を入植者に払い下げているとのことだった。森林を農地に転換させているので、より具体的に森林と農地の土地利用区分をはっきりさせ森林管理計画を作成しなければならないとのことだった。様々な問題が明らかになってきて、私もチリの森林問題が少しはわかってきた。
最後に、チリの技術者の実力がみたいと思い、今日の議論の結果をレポートとしてまとめてくれるように頼んだところ、翌日、きちんとした、まとまりのある文章として提出されてきたので、チリの技術者の実力は高いと感じたものである。その当時一緒に仕事をしていた他のラテンアメリカの国では、いつになってもレポートなどは出てこないのが常だったので、きちんとしたINFORの対応に驚いたのである。
しかし、その後実際に仕事をしたチームの話によると、INFORは研究機関のため共同作業技術者達は皆頭でっかちで、何をするにも議論、議論で体が動かず、現場調査がはかどらず、苦労したとのことだった。私もモロッコで同じような経験があり、これは異文化のぶつかり合いで、折り合いをつけるには、やはり議論をつくさなければならないが、いつまでも平行線になるので、結局、現地調査をしつつお互いのやり方を見ながら双方が納得し、頭の中で考えた方法を現地調査で解決していかなければならないだろうというのが私の今の結論である。しかし、チリ側にしても日本側も議論には妥協せずに頑固な技術者ばかりだなあと思ったことだろう。
首都サンティアゴ
さて、首都のサンティアゴであるが、訪問した時はあまり天気が良くなく暗い感じで、明るい感じは受けなかった。また、南半球の4月は日本でいえば10月で、これから冬に向かう時期だったかもしれない。




サンティアゴの町にはサンタ・ルシアの丘とサン・クリストーバルの丘がある。この時にサンタ・ルシアの丘に行ったのだろうと思うが、サンチャゴの町が一望できた。見晴らし台のベンチには、若い男女がいちゃついていて、雇っていた車の40 代くらいの運転手が「ああいうのは、我々には関係のない若者の特権ですな。」と言っていたのを思い出す。私は当時37才だったが、私もそういう齢になってきたのだなあと残念な思いを自覚したのを思い出す。そしてチリの仕事が終わった後はアルゼンチンのブエノスアイレスに向かったのだった。
つづく
令和3年度優良業務ならびに優良技術者表彰
この度、
令和3年度 国土交通省中部地方整備局 優良技術者ならびに優良業務局長表彰
令和2年度 国土交通省中部地方整備局 天竜川上流河川事務所 優良業務所長表彰
をいただきました。
発注者様はじめ関係者の皆様に心より感謝申し上げます。
この受賞を励みとして、さらなる技術の向上に努めてまりたいと思います。
国土交通省中部地方整備局 優良業務技術者ならびに優良業務局長表彰
受賞技術者:原田東鶴
業 務 名:令和2年度天竜川水系7月豪雨災害緊急調査業務
表 彰 理 由:
災害発生に伴う緊急的な調査であったが、業務の目的をよく理解し、UAVを用いて適
切かつ迅速に、精度の高い測量を実施し、優れた成果をあげた。(天竜川上流河川事務所資料より)
天竜川上流河川事務所 優良業務所長表彰
受 賞 者:令和2年度 天竜川上流河川管理施設等監理検討業務PCKK・ゼンシン設計共同体
業 務 名:令和2年度天竜川上流河川管理施設等監理検討業務
表 彰 理 由:
河床洗堀の進行が推測される河床を対象に、3Dレーザースキャナーやナローマルチ計測などの技術を活用するなど、入念に現地調査を実施し、状況をしっかりと把握したうえで適切に評価を行い、良好な成果を取りまとめた。(天竜川上流河川事務所資料より)
長野県SDGs推進企業登録制度
この度、長野県SDGs推進企業登録制度に登録されました。
SDGsの達成に貢献できるよう、企業活動を通じて取り組んでまいります。

SDGs達成に向けた経営方針等
SDGs達成に向けた重点的な取組み
- ICT技術を活用し、生産性の向上を図るとともに、高度技術を地域の発展のために提供してまいります。
- ライフスタイルに合わせた働き方ができる体制を構築してまいります。
- 環境の向上と保全に取り組むことで、地域のために貢献してまいります。

環境美化活動
お盆を前に、社屋、社員駐車場ならびに周辺道路の環境美化活動を実施しました。
草取り、ごみ拾いとともに、街路植込みの剪定も行いました。
また、気持ちよく道路を利用をできそうです。
小さな取り組みではありますが、今後も続けていきたいと思っています。
8月の駒ケ岳

梅雨明けから、猛暑が続いております。
東京オリンピック2020も熱戦が続いています。
コロナウイルス感染者も急激に上昇しています。
ワクチン接種も徐々に進んでいるようですが、
今年の夏も昨年同様、それ以上に”ステイホーム”が求められています。
熱中症などにくれぐれも注意しながら、
“おうちサマー”を楽しめたらいいなあ。

こんなこともやってます
遊砂地工設計の中で環境調査の一環として現地渓流の川魚調査を行いました。
イワナが釣れて生息していることが確認できました。


7月の駒ケ岳

全国的に梅雨明けとなってきました。
関東甲信越は、平年より3日ほど早く、昨年とくらべると半月近く早い梅雨明けとなりました。
梅雨入りが平年より遅かったこともあり梅雨期間は一か月ほどと短い梅雨となりました。
その一方で近畿・東海地方は逆に梅雨入りが早かったことで、
梅雨の期間が2か月ほどとなり、逆に長い梅雨となったようです。
(一先ずは速報値。最終的には見直しされるかもしれませんが。)
今年の梅雨も、各地で大雨による災害が発生してしまいました。
今は、どこでも、これまでになかったほどの雨が降り、土砂災害が起こる可能性があることを
改めて感じています。
また、これまでとは違った視点で災害リスクをはかる必要があること強く感じました。
一気に、真夏日、酷暑の夏本番がやってきました。
熱中症など体調に気を付けていきましょう。

😐❔<測量設計業界について詳しく知りたい>🙄❓「信州の未来を創造する測量設計」
「信州の未来を創造する測量設計」ー長野県測量設計業協会PRー
(一社)長野県測量設計業協会が創立50周年の記念事業として、測量設計業界の仕事を一般の方にわかりやすくお伝えする番組を作成しました。
測量設計業の今について、仕事内容の説明やインタビューが集録されています。
「測量って具体的には何をしているの? 」
「建設コンサルタントって何?」🙁 そんな疑問が解決できる番組です。
番組は既に、SBC信越放送にて 6月26日土曜日<16:55~17:00>「信州の未来を創造する測量設計」として放送されました。
現在、放送された動画は現在YouTubeにてご覧いただけます。
テレビのリアルタイムでご覧になられた方も、残念ながら見逃してしまわれた方も、是非YouTubeにてご覧いただければと思います。
信州の未来を創造する測量設計 📺 左のリンクよりどうぞ 📺
一般社団法人 長野県測量設計業協会HP
「測る、調べる、創る」技術で美しいふるさと信州を守り育てています。
【増井 博明 森林紀行No.7 アラカルト編】 No.37_パラグアイ
筆者紹介

南米6ヵ国訪問(パラグアイ)
ボリビアの次はパラグアイに向かった。ラパスを1987年3月27日(金)の朝7時に飛び立ち、サンタ・クルスに8時に到着した。サンタ・クルスでの出国検査が厳しかったことは前回の紀行文で述べた通りである。その後サンタ・クルスを11時半に立ち、パラグアイの首都アスンシオンに午後1時少し前に到着した。今回のパラグアイの話は以前にも書いたが、リニューアルした。
訪問の目的
私は、1985年にカピバリという地区の造林計画を作成しており、その後、計画に沿ってまず試験的に植林をしようという話になっており、今回はその進捗状況などを調べにパラグアイを訪問したのだった。
パラグアイの森林局
私は1979年から1985年にかけて、パラグアイの森林局において、パラグアイ北東部の森林資源調査とカピバリ地区での造林計画調査で、パラグアイの森林局の職員と共同で働いた。そのため、森林局の職員である技術者とは旧知の仲だったので、2年ぶりに訪ねたことで、皆大歓迎してくれた。
大規模な植林を実行するには事務所や苗畑建設、大量の作業員の雇用など相当な初期投資が必要なため世銀、米州開発銀行あるいは日本から借款して植林を進めようという計画だったが、その前にまずは日本の技術協力で試験的に植林を試みようということになり、日本の専門家が派遣されていた。この方はとても温厚そうに見える方であったが、実際に行っていることはとても厳しくて、つい緩んでしまう南米気質の職員を鍛え上げるには打ってつけの方だった。
この方は、森林局の職員達と共に、日曜日の午後から金曜日の午後までカピバリの現地に入り、金曜日の午後にアスンシオンに帰り、土曜日の午前中は講義と打ち合わせ、日曜の午後またカピバリに出かけるというハードスケジュールを森林局の職員とともにこなしていた。このようなハードスケジュールに慣れていない南米パラグアイの森林局の職員達にとってはグーの根もでない大変さだった。
カピバリの森林
カピバリの森林に行くには、アスンシオンからルエダという場所にでて、そこからペドロ・ファン・カバジェーロという北部の町に向かう国道を進み、途中ブトゥという町で東に入り、小一時間進んだところだった。ブトゥのあたりの土壌は、フェラルソルといって灼熱の太陽により風化と養分の溶脱を激しく受け、鉄やアルミニウムなどが集積した赤土である。

カピバリの現地の森林は、パラグアイでセドロ、ラパーチョ、ペローバなどと呼ばれ樹高30m~40m、胸高直径は1m以上にもなる良木が伐採され、持ち去られた後の森林だった。それでもまだ胸高直径が50cmほどの樹木はかなり残っており、大木の伐採後に沢山の樹木が更新してきて、藪状となっているような森林だった。この森林の中には大きな帯鋸や丸鋸が沢山残された製材所の跡があり、伐採前には大径木が林立する素晴らしい森林があったことが想像されるのだった。

袖群落ともいえる森林
安全祈願祭
この時、関係する職員全員で、特にパラグアイの森林局の局長もこの森林に入り、これから藪状の木を伐採し、そこにマツを植林するために、安全祈願祭を行った。
お供え物としてバナナ、リンゴ、パイナップルなどの果物とそれにワインを持って行った。御神酒のワインだ。この周辺の残っている一番の大木をご神木として選定し、その木にしめ縄を巻き、その下にお供え物を供えた。そしていくつかの呪文を唱えた後、「これから山の作業に入りますが、山の神様、どうか安全をお守り下さるようよろしくお願いします。」と日本語とスペイン語でお祈りをしたのであった。こういったことをしたことがない、パラグアイ職員達もこの宗教的かもしれがいが、安全意識を高める行事の重要さを悟り、真面目に行い、その後お互いにさらに意識を高めあった。

苗畑
カピバリの事務所に隣接して苗畑も作っていた。マツ類を中心に育てていたが、これを管理する職員も作業員もいかにも南米らしい精神論の規則を作って頑張っていた。彼らは規則は破られるためにあるといつも言っていたが、それは冗談としても南米の人たちは素晴らしい標語を作る能力には長けていると思う。


苗畑での仕事の時間割
午前 7:00~11:00
テレレタイム(お茶)9:00~9:45
午後 13:00~17:00
テレレタイム(お茶)15:00~15:15
月曜日から金曜日まで毎日
(テレレはパラグアイのお茶で牛の角で作った容器の中にマテ茶の葉を入れ、ボンビージャという金属のストローのようなもので、回し飲みする。このコロナ禍でテレレの習慣はどうなっただろうか?)

Ⅰ 浪費や無駄をしない、不規則なことをしない、非合理なことをしない。
Ⅱ
1. 感じよく「おはよう」と言おう。
2. 「はい」と言って従う。
3. 「すみません」と言って反省する
4. 「どうぞ」、「ご自由に」、「お先にどうぞ」(慎み深く)
5. ボランティア精神「私がやります」(献身、奉仕)
6. 「あなた達に感謝」という謙虚さ
7. 「皆さんありがとう」という感謝
8. 「あなたの仕事に感謝」という尊敬
9. 「失うものはない」、「頑張れる」、「耐えらえる」という楽観主義
10. 「嘘はつかない」という誠実さ
Ⅲ 素直に勉強します
厳しく実践します
分かり易い方法で教えます
Ⅳ 孝行と国家への忠誠
(この標語は、この時パラグアイではストロエスネル大統領で軍事独裁国家であったため書かざるを得なかったのでないかと思われる。)
パラグアイ森林局の同僚達
この時、私が2年ぶりにパラグアイを訪れたので、パラグアイ北東部の森林資源調査で働いた同僚が家に招待してパーティを開いてくれた。何人かの同僚が夫婦できてくれた。結婚して数年というカップルが多く、私は奥さん達も同僚が独身時代から知っている方が多かった。奥さん達は、独身の時は細めであったが、結婚したら随分とどっしりして、早くも貫禄を見せ、同僚達は尻にひかれているようだった。
当時、コロナならず、エイズが発見されたばかりの頃で、話していてエイズの話題になった時に、奥さん達は、その感染した後に死に至る恐ろしさを強調していた。旦那達が決して浮気をしないようにと特にこの話題を持ち出し強調するような感じを受けたが、もっともなことである。
彼らも私と同年代だったので、今は70才前後になっているはずである。
当時撮影した写真
その他当時撮影した写真を掲げる。

森林局の前の建設中のビル:1980年当時地下を工事中だったが、7年経った1987年も上層階を建設中だったので、まだ建設中なのかと驚いた。完成まで何年かかるかと思ったものである。

内山田:アスンシオンにあった日本人が経営するスキヤキ屋とホテルであるが、今も盛況のようである。このコロナ禍で経営はどのようであろうか?当時6階を建設中だった。資金が溜まると上層階を継ぎ足していた。

イパカライ湖:フーリオ・イグレッシアスも歌う「イパカライ湖の思い出」で有名なイパカライ湖。アスンシオンの東、約30㎞にある。有名な保養地で1980年の頃よりも1987年にはだいぶ整備されてきた印象を受けた。いまはもっとはるかに整備されていることと思う。

アスンシオン大学にあったアナコンダの皮の標本。下の水槽と比べて、皮幅が約40㎝とすると腹の直径は約13㎝、巻いてある皮の直径が約30㎝として、内側に10㎝の空洞があり、1㎝に2巻あるとすると長さは約12~13mもある大物となる。

アスンシオン市内から見たパラグアイ川:パラグアイ川の対岸はアルゼンチンのコリエンテス。その後1988年11月にアルゼンチンのコリエンテスで、国連主催のTFAP(熱帯林行動計画)の国際会議が開かれ、私は参加した。この時パラグアイで、森林局の局長と同僚だったエンシーソが出席していた。ここで再会を喜び、旧交を温めた。その後エンシーソは、森林局の局長となり2000年に日本に研修で来た時にあった。彼の体形が、いかにもパラグアイ人らしく、ビヤダルのようになり、この時の局長とそっくりな体形になったのには驚いた。肉食だからだろう。

アスンシオン市内:このころから高層ビルが増え始めた
パラグアイからチリへ
この時のパラグアイの訪問が終わり、次にはチリに向かった。その話はまた次回に。
つづく








